深海の羽衣〖肆ノ箱〗④
祖母は、母親のように私を愛し、私の成長を見守っていてくれたのだろう。だからこそ、自らの老いが焦りとなり、極端な行動を引き起こしてしまったのだろう。
「ああ、分かった。それまで、ばあちゃんが預かっておくよ。おまえがお嫁に行くときに、本当の嫁入り道具として、渡すからね。」
祖母は、そう言うと部屋を出ていった。
──さて。
私は、腰に手を当てて次を待ち構えた。
母は、祖母が部屋から出たのを、まるで見計らったかのように入ってくると、鏡台をなめるように見た。
「本当にいい鏡台だねえ。」
母と高校生の私が、鏡に映りこむ。
「この鏡台は、お母ちゃんが預かるよ。今のお前が使うには、もったいないだろ?」
母は、鏡台から目を離して振り向き、私と向かい合った。そして、鏡台の椅子に腰をかけると、脚を組んだ。
「どうだい。なんなら、お前が嫁に行くとき、もっといい鏡台を買ってやるから。」
私は、立ったまま壁にもたれて腕を組んだ。
当時、母がこの部屋に入ってきたのは、私が祖母に殴られた後だった。断ってしまったが、祖母の気持ちも大事にしたいと言うと、自分が預かると言い出した。当時の私は、その言葉を信じて母に預けたのだけれど、結局、母は鏡台を返してくれなかったし、嫁入りのときに新しく買ってくれたわけでもなかった。
なんだか、
私は、壁にもたれたまま母を見た。
「結構よ。ばあちゃんが預かってくれるって、言ってくれたわ。」
そして、通学鞄を持って部屋をあとにした。
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私は、いつものテトラポットに腰を下ろし、オレンジ色に染まる海を眺めた。そして、祖母を思った。
そういう時代だったとはいえ、幼いころから働かざるをえなかった祖母は、家族というものを知ることなく育ったのだろう。気を置くことしか知らずに、大人になったのだろう。返事が聞こえないと叱ったのも、祖母にとっては当然のことだったのだ。
過去は戻ってこない。今だって、記憶の箱が見せている幻なのだと思う。それでもいい。祖母に、考えが間違っている可能性を伝えた。そして、鏡台を守った。
コトンと音を立てて、記憶の箱がテトラポットに姿を現した。私は取り出した鍵を握りしめた。
私は、私の戦いをするんだ。
そう決意し、鍵穴に差し込んだ。
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