深海の羽衣〖肆ノ箱〗③


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 仏壇に両手合わせる小さな手

       どれが父ちゃん? 無邪気な幼子


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「短歌、かしら。」


 五七五七七になっているから、おそらく短歌なのだろう。歌については、そんな程度の知識しかないから、これが上手いのかどうか分からないし批評もできない。でもこれは、一つ目の箱の、朝のおつとめの記憶を表しているのだけは確かだ。


「ああ、おかえり。」


 奥から声が聞こえると、居間の戸が開き、笑顔の祖母がわたしを迎えた。そして、こっちにおいでと手招きをした。

 祖母について奥の部屋に入ると、記憶にある通りの美しい鏡台が、かぐや姫のような清楚さと気品をまとって、たたずんでいた。全身を映し出す大きな鏡は、磨かれた宝石のように光を乱反射し、鏡の掛け布には、金色の糸で美しい花の刺繍が施してある。滑らかな曲線を描く木製の台座は、茶褐色の鈍い光を放っていた。鏡台の傍らには、同じデザインの椅子が置いてある。


「ばあちゃん、この鏡台、どうしたの?」


「おまえの嫁入り道具に、と思ってね。」


 当時の私は、祖母の言葉にあわててしまい、こんなに高価な贈り物など受け取れないと、断ったのだ。そして祖母は、自分の気持ちを無駄にするのかと怒り、あの椅子を持ちあげて、私を……。


 ……あの椅子、けっこう重いのよね。


 あんな記憶を再現する気はない。それに、今だからこそわかることもある。

 私は、大人の目で祖母をまっすぐ見た。


「ばあちゃん、本当に美しい鏡台をありがとう。ばあちゃんが若いころだと、十代でお嫁に行くのは当たり前だったと思うけど、この時代は二十代で結婚する人が多いわ。私はまだ高校生だし、まずは学校を卒業して、就職して……、お嫁に行くのはそれからよ。だからね、ばあちゃん、私が一人前になるまで見守っていて。そのときに、ちゃんと受け取るわ。それまで、この美しい鏡台を、ばあちゃんに預かっていて欲しいの。」


 祖母は、にっこり笑って、私の頭をなでた。



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 おがったなあ……

    頭っこ撫でで 目こ細める

       嫁っこさ行ぐまで生きでいてえなあ……


(大きくなったこと…… 孫の頭を撫でて目を細める

 この子が嫁に行くまで、生きていたいなあ……)


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