深海の羽衣〖肆ノ箱〗②
本当の私は目の前にいる祖母と同じくらいの年齢なのだ。これまでの人生で学んだことだって、たくさんある。
私は戦闘態勢を崩さなかった。
祖母は、豆鉄砲をくらった鳩のような顔で私を見ていた。そして、悲しそうにため息をつくと、口をゆっくり開いて言葉をつむいだ。
その瞬間、世界がゆがんだ。
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高校の制服を着て、通学鞄を持って、家の前に立っていた。今回は居間ではないらしい。
私は、玄関の戸にかけた手をじっと見た。
これを開けてしまえば、次の記憶が再生されてしまう。その前に、考えなければ。
記憶の箱は、最初に鍵を開けた海底の箱しか存在しないと思っていた。あの箱が何度も姿を現わしているのだと思っていたのだけれど、鍵を開けるごとに再生される記憶は特定のテーマごとに分けられている。なんだか別の箱を開けているようだ。もしかすると、マトリョーシカのように、箱の中に箱があるのかもしれない。
そうだとすると、三つ目の箱は、母の理不尽な要求とマリオネットのような自分がテーマだろう。そして四つ目の箱は、ねじれた祖母がテーマのはずだ。だとすれば、戸を開けた瞬間に再生される記憶は、椅子で殴られたときのものかもしれない。
もうひとつ、考えるべきことがある。記憶の再現についてだ。
三つ目の箱で私は、母に従わずに手提げ袋をひっつかんで家を飛び出した。あのとき、私は事実と違う行動を取った。それでも、何事もなく次の場面に移っている。
さっきの場面でも、事実と違って祖母に反論した。それでも何事もなく──、
──いいえ、あったわ。
あのとき、祖母は表情を変えて何か言っていた。
何て言っていたかしら……。そうだわ。あのとき、やっぱりそうだよねえ、って、言ったんだわ!
もしかしたら、大事なのは再現することではないのかもしれない。それなら、ここの記憶でも何かできるはずだ。深呼吸して心を整え、戸を開けた。
「ただいま。」
土間で靴を脱ぎ、台所へ入る。人の気配を感じないが、待っていれば、祖母が私を呼ぶはずだ。
「あら?」
流し台の角に、本のようなものが置いてあるのが見えた。近づいて見ると、昭和の時代には不釣り合いなデザインのシステム手帳だった。
間違いない、娘がプレゼントしてくれた、私の手帳だ。どうしてこんなところにあるのだろうと思いながら、手帳を開いてみると、筆で文字が書かれてあった。
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