深海の羽衣〖肆ノ箱〗①


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 箱を開けるのは、これで四回目。箱から溢れてくる真っ白な光にも、すっかり慣れた。少しの間、目を閉じ下を向いてやりすごせば、すぐに周りを確認できるようになる。


「下ばかり向いて、ちゃんと聞いているのかい?」


 下を向いたまま目を開けると、自分のひざと座布団が見えた。どうやら、また正座しているようだ。声から、おそらく祖母だろう。私は、おそるおそる顔を上げた。


「ばあちゃんには、お前が何をしているのかなんて分からないんだよ。」


 私は、素早く壁にかけられた制服に目をやり、正座をしている今の自分が中学生であることを確認した。間違いない。あのときの再現だ。


 その日、祖母の呼びかけに気の抜けた声で返事をしたのだ。たしか、勉強か何かをしていたときで、返事に意識が向かなかったのだと思う。しつけに厳しい祖母は、足音を響かせて部屋にやってくると、そこに座れと座布団を指さしたのだ。


「相手に、自分が何をしているのかを考えさせるような返事をするのは、思いやりに欠けた、失礼な行動なんだよ。」


 人間というのは、とても弱い生き物だ。たとえ自分が正しくても、目の前にいる誰かに自信満々で話されると、自分が間違っているような気がしてしまう。それが、知識も経験もない子どもならなおさらだ。このときだってそうだ。お説教の後、いくら謝っても許してもらえず、それどころか、祖母に呼び出されては正座をさせられた。三日ほど続いたのは覚えているけれど、どうして解放されたのか、まったく覚えていない。


 やっぱり、どう考えてもおかしいわ。昔の人って厳しいけれど、いくらなんでも度が過ぎているわよね。


 現代では禁止されているけれど、昔の日本には、年季奉公ねんきぼうこうという社会のしくみがあった。他の人の家で住み込みで働くというものだ。その多くが、十歳そこそこの子どもたちだったと言われている。祖母も、その一人だった。さいわい、奉公先に恵まれた祖母は、とても大切にしてもらったらしい。今の高校にあたる、女学校まで通わせてくれたそうだ。


 ……原因は、きっとこれだわ。


 私は、深く息を吸って背筋をのばした。そして胸を張って、祖母を正面から見すえた。


「ハッキリと返事をしなかったことに対しては、申し訳なかったと思うわ。でも私、謝っても許してもらえないどころか、三日間も正座をさせられるほどの悪いことをしたのかしら。今のばあちゃん、なんだか新入社員をいびる上司みたいよ。」

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