パンドラの記憶【混乱】


 本を閉じて、胸に手を当て深呼吸をした。呼吸が荒くなっているせいか、なんだかたどたどしい深呼吸だけれど、それでも、混乱した自分の頭の中を落ち着かせるのには、じゅうぶんな効果があった。


 これはいったい、どういうこと……? まるで、わたしそのものじゃない。


 目の前に古い本を見つめた。ここにかかれている記憶の箱のエピソードは、全部、わたしが経験したことと同じだった。


 いつ書かれた? だれが書いた? 奥付を見れば、それが分かるはずだ。


 わたしは、本をひっつかむとひっくり返し、乱暴に裏表紙を開いた。しかし奥付は、タイトルの一部を残して、破り取られてしまっていた。


 マグカップの中のコーヒーは、いつの間にか空になっていた。二杯目のコーヒーを入れると、口に運んだ。


 目の前の本は、本でなくなってしまった。まるで幽霊か何か……、得体の知れないものだ。魔法の本、なんて、かわいらしいものじゃない。むしろ気味が悪い。


 わたしは、戸棚から顆粒のクリームを取り出すと、カップに入れた。マグカップをゆすってクリームを広げると、コーヒーは、破り取られた奥付の切り口のような色に、変化していく。


 とんでもないものを借りてしまったんじゃないかしら。これ以上は読まないほうがいいかもしれないわ。


 海底の記憶の箱に向かって落ちていく主人公のように、恐怖と不安が心に広がっていく。わたしは、本をバッグにしまった。


 ──忘れよう。


 自分に言い聞かせるように、コーヒーを口に運び続けたけれど、あの本の存在は、わたしの中にじわじわと広がって、心を占拠していく。読みたいとか、読みたくないとか、もう、どうでもいい……。


 わたしは、ごくりと唾をのみ、本に手を伸ばした。

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