パンドラの記憶【パンドラの箱】
白い手帳……? 今度は、娘からもらった手帳?
息苦しくなり、自分の鼓動が耳元で聞こえる。わたしは、動かない首を無理やり動かし、仕事用のバッグに目を向けた。そして、震える手で自分の手帳を取り出すと、ゴクリと唾を飲みこみ、勢いよく開いた。しかし、手帳には何も書かれていなかった。
わたしは、ため息をつきながら手帳を閉じて、のろのろとバッグに戻した。
そうよね、まさか、そんなはずないわよね……。ただの偶然よね、きっと……。
冷めたコーヒーを口に運びながら、肆ノ箱の最後のページをぼんやり見た。
深海の羽衣は、前に読んだ何かに似ている。それが気になってしかたがない。マグカップの最後の一滴をすすったとき、ある物語が脳裏をかすめた。
「あれだわ。」
その本は娘の書斎にある。本を借りるついでにと、味噌おにぎりを作って、階段を上がった。
「ありがとう! もう、お腹ぺこぺこ! あ、その本なら、棚の一番上の段にあるよ。」
わたしは、無理しないでね、と声をかけ、書棚から本を取り出すと、娘の書斎をあとにした。
「そうそう、これこれ。」
居間に戻ると、借りてきた『ギリシャ神話』を開き、お目当ての『パンドラの箱』を探した。
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昔々、泥から人間を作った、プロメテウスという名前の神様がいました。その神様は、自分が作り出した人間たちが大好きでした。
ところが、火を知らない人間たちは、寒い日には震え、生ものを食べてはお腹をこわしていました。プロメテウスは、そんな人間たちを可愛そうに思いました。
天上界には、火がありました。しかしそれは、神様たちだけが使うことを許される、神聖なものでした。
人間たちを愛し、助けてあげたい一心で、プロメテウスは、天上界から火を盗み、人間たちに『火の技術』を教えたのでした。
そのことを知った天空神ゼウスはとても怒り、プロメテウスに罰を与えることにしました。
まずゼウスは、火と
『パンドラ』と名付けられた娘は、たくさんの神様から贈り物を授けられました。
美の神アフロディーテは美しい容姿を、勝利と知恵の神アテナは賢さを贈りました。
ところが、伝令と計略の神ヘルメスが贈ったものは、『恥知らず』『嘘つき』『盗人』の心でした。
さて、プロメテウスには、エピメテウスという弟がいました。彼は、兄ほど賢くありませんでしたが、兄の言い付けはよく守る、まっすぐな弟でした。
「いいかい。ゼウスからの贈り物は、決して受け取ってはいけないよ。」
兄は弟に、繰り返し繰り返し言っていました。
そんなある日のことです。兄の留守中に、エピメテウスに宛てた贈り物が届きました。
もちろん、ゼウスからの贈り物は受け取るなと言われていますから、一度は断りました。しかし、パンドラのあまりの美しさに心を奪われてしまい、花嫁として、パンドラを迎え入れてしまったのでした。
パンドラは、ゼウスから渡された、『決して開けてはならない壺』を持っていました。
とても好奇心の強いパンドラは、日に日に、壺の中身が気になってしかたがなくなり、とうとう壺の蓋を開けてしまいました。すると中から、さまざまなものが勢いよく飛び出しました。
病、憎しみ、嫉妬……、なんと壺の中には、ありとあらゆる災難がぎっしりと詰め込まれていたのです!
驚いたパンドラは、大慌てで蓋を閉めましたが、壺は空っぽになってしまいました。
おや? どうやらたった一つだけ残ったようです。
壺の底に残ったもの。それは、『希望』でした。
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わたしは、ギリシャ神話を閉じた。やはり、よく似ている物語だ。もしそうなら、最後に残るのは、希望ということになる。
マグカップにインスタントコーヒーを適当に入れ、ポットのお湯を注いだ。そして、深海の羽衣を手に取り、続きを読み始めた。
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