第1話 幽霊部長の雨宮さん
そんな雨宮部長と出会ってすぐ、俺は彼女に質問攻めにされていた。
「それでそれで、内川くんはどうしてイラスト部に入ろうと思ったのかな?」
椅子を用意して対面に座った彼女は、前のめりになりながら興奮気味に訊いてくる。
めちゃくちゃ近い。それこそ、吐息まで感じられそうなくらいだ。
「それが……これには深い事情がありまして」
「ほうほう。話したまえ」
「だから近いです」
声を弾ませながらなおも近づいてくる雨宮部長を押し返して、俺はここに来るまでの経緯を話して聞かせる。
「部長には悪いですけど……俺、本当は美術部に入りたかったんです」
「ありゃ、イラスト部じゃなくて?」
「ええ、だけど美術部には美術科の生徒じゃないと入れないと言われまして」
「あー、今もそのルールあるんだ……じゃあ、内川くんは美術科じゃないの?」
「普通科です。そもそも、美術科はそう簡単に入れるものじゃないんで」
「そうだけど……絵が上手なら学科関係なく入部させてくれない? ポートフォリオとか持っていかなかったの?」
ポートフォリオとは、いわゆる作品集のことだ。
「もちろん絵を持っていきましたよ。美術部の部長さんも最初は褒めてくれました。でも俺の学科を知ると態度を豹変させて……この通り」
俺はため息まじりに言って、鞄から無惨な姿になった絵を取り出して見せる。
この
ここの美術部に入るため、俺も数ヶ月かけて作品を描いてきた。
……それをまさか、破り捨てられるとは思わなかったけど。
「……せっかく上手に描けてるのに、破るなんてひどい。辛かったね」
雨宮部長は俺の絵を見て、涙ぐんでいた。予想外の反応に俺は戸惑う。
「あー、ごめんごめん。それで落ち込んでいたところに、我がイラスト部のポスターが目についたと」
ごしごしと目尻を拭ってから、部長は続けた。
「そうです。この際、絵を描けるならイラスト部でも……なんて、
「ううん。絵を描きたい気持ちに、邪もなにもないよー。むしろ、これは運命だよ」
「はい?」
思わず首をかしげると、雨宮部長は手元の絵をゆっくりとたたみ、立ち上がる。
「私、ずっとイラスト部を復活させたいと思ってたんだけど……ご覧の通り幽霊だから、誰からも気づいてもらえなくて。ほとんど諦めかけてたんだ」
ご覧の通りと言われても、どう見ても普通の女子校生にしか見えないのだけど。
「そしたら今日、私を見ることができる内川くんがやってきた。三年前に、私が作ったポスターを見てね。これはもう、運命以外の何物でもないよ!」
「う、運命だなんて大袈裟な……というか、雨宮部長って本当に幽霊なんですか?」
「むー? 信じてないのかね?」
つい本音が漏れる。部長は腰に手を当て、俺を睨みつけた。
「だって触れますし、会話もできます。ちゃんと足もあるし、とても幽霊には見えませんよ」
「確かに触れられるし、話もできるけど、それは内川くんが特別なの。これは信じてほしい」
彼女が俺の手を取ってくる。しっかりとしたぬくもりが伝わってきて、ますます困惑する。
生まれてこのかた、俺は幽霊なんて見たことがない。
そんな俺の前に、俺にしか見えない幽霊さんが都合よく現れるはずが……。
「……なんだ? お前、こんなところで何してる」
その時、開けっ放しになっていた入口から男性教師が顔を覗かせた。
「え、いやその……」
「空き教室で一人
彼は言うと、うろたえる俺を気にすることなく去っていった。
その背中を見送った時、俺は妙な引っ掛かりを覚える。
「今、一人って言われたけど……先生には部長の姿が見えてなかった?」
「そういうこと。信じてくれた?」
目を細めて、勝ち誇った笑みを向けてくる。
部長は俺の目の前にいるわけだし、教師が気づかないはずがない。これは彼女の言葉を信じるしかなかった。
「それじゃ、疑いも晴れたところで……最終確認」
先程とは一転、彼女は真剣な目で俺を見てくる。
「内川くん、本当にイラスト部に入る気はある? 美術部の代わりじゃなくて、イラスト部の一員として、頑張ってくれる?」
「……絵を描くのは好きですし、精一杯、頑張らせてもらいます」
そのまっすぐな眼差しに射抜かれた俺は、しっかりと返事をする。
「よーし! それじゃ、キミを部長代理に任命しよう!」
「え?」
俺の答えに満足したのか、彼女は右手の人差し指を立てて言った。
「あ、あの、部長代理ってどういうことです? 俺、まだ一年なんですけど」
「幽霊の私は他の人に見えないからね。そんな私に代わって、内川くんが新たに部員を集めて、イラスト部を復活させるんだよ!」
鼻がぶつかりそうな距離まで近づいた彼女は、よく通る声で言う。
「いやいや、俺には無理ですよ。今まで転校ばかりで、友達もいないんですから。いきなり部員を集めろだなんて」
「何事も挑戦だよ。それに、美術部の部長さんに自分の絵を破られた時、悔しかったよね?」
「そ、それはもちろんです」
「なら、内川くんの絵に対する情熱は本物ってことだよ! 大丈夫! 私もサポートするから!」
一年の俺が、部長代理……? あまりに突拍子のない話だけど、彼女は本気のようだった。
「わ、わかりました。よろしくお願いします」
結局、俺はそんな彼女の勢いに負け、その提案を飲む。
「こちらこそよろしくね! じゃあ明日から、放課後は必ずこの部室に来るように!」
彼女は心の底から嬉しそうに言い、まるで天使のような笑顔を向けてくる。
その温かな笑みは、俺の傷ついた心を癒すには十分すぎるもので。
彼女のためにも、少しだけ頑張ってみよう……そう思った。
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