第2話 幽霊部長は神出鬼没


 俺の通う京桜けいおう高校は県内でも珍しく、美術科がある。

 厳しい試験を突破した才能あふれる学生が集まるわけで、そんな彼らが所属する美術部はレベルも高く、卒業生には有名な芸術家やデザイナーが数多くいる。

 ただ、美術科の生徒でないと美術部に所属できない謎ルールが存在するらしく、それを知らなかった俺は門前払いを食らい、現在はイラスト部(仮)の所属となっている。


 ……それにしても、部員探しか。

 教師の声が淡々と響く中、俺は思わずため息をつく。

 父親が転勤族だったこともあり、俺は小さい頃から転校ばかり。コミュ障……というわけではないが、友達を作るのは正直得意じゃない。部活の勧誘なんてやれるんだろうか。


「やっほー、内川くん、頑張っておるかね?」


 悶々としながらクラスメイトたちの顔をチラ見していると、どこからともなく雨宮あまみや部長がやってきた。

 その登場に一瞬どきりとするも、教師はおろか、クラスの全員が無反応だった。

 やはり彼女は幽霊で、その姿はおろか、声さえも俺以外には届いていないらしい。

 その事実に改めて驚愕していると、真剣にノートを取るクラスメイトたちの間を抜けて、雨宮部長が俺のそばへとやってきた。


『部長、何しに来たんです?』


 授業中に声を出すわけにもいかず、ノートの端に走り書きをして彼女に見せる。


「部員の授業態度を見に来たんだよ。うわ、ノート真っ白。ずいぶん余裕だねー」


 部長は俺の肩に手を置きつつ、背後から覗き込むようにノートを見てきた。

 ……昨日から感じていたけど、この人はすごく積極的にスキンシップを取ってくる。

 本人いわく、長いこと人と話す機会がなかったこともあり、『触れ合いたい』のだという。


『色々心配事があって、授業どころじゃないんですよ。それより部長、部室にいなくていいんです?』

「別に私、地縛霊ってわけじゃないし。出ようと思えば学校の外にだって出られるよ? あそこが落ち着くから、動かないだけで」


 言いながら俺から離れ、後ろ手を組みながらその場でくるりと一回転してみせる。

 その拍子に彼女の腕が隣の机に当たり、その振動で消しゴムが転がり落ちた。


「おっと失礼」


 振り向いた部長が謝るも、消しゴムの持ち主である女生徒は不思議そうな顔をしながら、リノリウムの床に落ちた消しゴムを拾い上げる。


『見えなくても、物には触れるんですね』

「あるものを除いて、ほとんどのものには触れるよー。人にも触れるけど、基本気づいてくれない。内川くんだけが、特別だよ」


 口元に指を当てながら悪戯っぽく言って、俺から離れていく。

 そのまま出ていくのかと思いきや、彼女はその後も教室に留まり、まるで巡回でもするかのようにクラスメイトたちの様子を見ていた。

 ……もしかして、彼女は俺と出会うまでの三年間、こうして人知れず時間を潰していたのかもしれない。


「隣の席の女の子、ノートの端にネコのイラスト描いてたよ。制作時間に対して、なかなかのクオリティ。もしかしたら部員にスカウトできるかも」


 やがて授業も後半に差し掛かった頃、部長が俺のもとへ走ってきて、そう教えてくれた。


『その子はクラス委員長ですよ』

「ほうほう。かわいいし、イラスト上手かったよ。誘ってみたら?」

『いや、話したことないですし……というか、かわいいとか関係ないでしょう』


 そう書き記してから隣の席へ視線を送ると、その子と目が合ってしまった。

 直後にいぶかしげな顔をされたので、俺は慌てて視線をノートに戻す。

 どうやら部長はただ教室内をうろついていただけじゃなく、イラスト部の部員としてスカウトできそうな人材を探してくれていたようだ。


「あとはね、入口に一番近い席の男の子もロボットだか何かの絵を描いてた。ああいう才能って大事」


 熱心にそう教えてくれるも、彼は野球部所属のはずだ。確か、入学直後の自己紹介でそう言っていた記憶がある。


「それともう一人、窓際の一番後ろの席の子も何か描いてた。イラストじゃなくて、魔法陣みたいなやつだったけど」


 それって厨二病こじらせているだけなんじゃ……? さすがに声をかけるのはためらわれる。


「それじゃあねぇ……」


 そんな感じに雨宮部長は様々な情報を教えてくれ、授業が終わると同時に手を振りながら去っていった。

 それにしても、なんか視線を感じるような。気のせいだよな。


  ◇


 そして迎えた昼休み。

 教師が教室から出ていくと同時に、クラス全体が開放感に包まれる。

 女子たちが机をくっつけて弁当を広げはじめれば、一部の男子は学食や購買に向けてダッシュをかます。その動きは様々だった。

 ちなみに俺の昼食は登校中にコンビニで買ったたまごサンドとカフェオレだ。

 育ち盛りの男子高校生がこの食事量で大丈夫なのかと心配されそうだが、俺はそこまで食べるほうじゃない。体育の授業がない日はこれで十分だった。


「……ねえ、ちょっといいかな?」


 サンドイッチの袋を開け、カフェオレのパックにストローを刺したところで、すぐ近くから声が飛んできた。

 顔を向けると、委員長が隣の席から俺をじっと見ていた。

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