第16話 ニコラウス

「ただいま~!」

「お帰りなさいませ、レントぼっちゃん」


ニコラウスは部屋に戻って来たレントの姿を見て、ホッとした。

無事に帰って来るまでは、さすがの彼でも気が気ではなかった。

レントが産まれてからこの方、レントの影の様に付きその成長を見守ってきた。

レントを見るその目は、もはや執事のではなく祖父かそれ以上だった。


「ニコ見て見て、ほら!?」

そう言ってレントはニコラウスの目の前で青年に変身した。


「ほほう、これが女神様のお力ですかな?」

「そうだね。実際には力、では無くてこの魔道具の能力なんだけどね!」

「なるほど。ぼっちゃんはそのお姿でギルドに登録されたのですな?」

「さすがニコ!その通りだよ。名前はエンド!良いと思わない?」

「それは良い考えだと思います。外に出て冒険者として活動している事は、旦那様たちに知られてしまうのはいささか…というか問題がありますので。ただ、だからと言って…」

「分かってるって、多くても1週間で2日。日が暮れるまでには帰って来る。ニコとやってる剣や体術の訓練もおろそかには出来ないもんね?」

「であれば、もう私からは何も言う事はございません。冒険者の先輩として申し上げることは『命を大事に』という事だけでございます」

「分かったよ!あ、この剣返しておくね。助かったよ」


ニコラウスは家紋付きの短剣をレントから受け取る。

目の前のレントは大人の見た目である『エンド』のままであるが、ニコラウスは感慨深くその姿を目に焼き付けていた。

レントとは髪の色やその他微妙に違う部分はあるのだが、雰囲気は間違いなくレントそのままであった。


(ぼっちゃんの成人した姿を一足先に見ることが出来たわたくしは果報者ですな。旦那様、奥様、申し訳ございません)

親よりも先に息子の成長した姿を見たからか、ニコラウスは主人に心の中で詫びるのであった。


「レントぼっちゃん、紅茶を入れました」

「ありがとう、ニコ」


元の姿に戻ったレントを見ながらニコラウスの顔には自然と微笑みが浮かぶのだった。







ニコラウスは魔族と人族のとして大陸西部の小さな村で生まれた。

この世界では種族同士の争いが無い、とは言えないがそれ自体は少ない。

しかしそれ故の弊害か、貧富の差は大きい。

人の少ない辺境であれば尚更である。


ニコラウスの名前は元々『ニコ』だった。

『ニコラウス』という名は、今の地に移り住んだ時に生涯仕えると決めた当時の主人から付けて貰った名前だった。

ニコが住んでた村は度々、野盗などのに襲われた。

その中で時に助けられた女性と、魔族の青年の間にニコラウスが産まれる。


しかし女性がニコを身籠ってから半年、ニコの父である魔族の青年は祖国へと帰って行ってしまった。

ニコは自分の父の顔も名前も知らないが、母である女性も何も教えなかった。

一人で自分を育ててくれた母も、ニコが5歳の時に村を襲った盗賊の集団に犯され、殺されてしまった。

村の外れの小屋に隠れて何とか生き延びたニコは、運良く助かった数人と徒党を組み、生きていくために何でもやった。

魔族の血が入っている為かニコの魔力は尽きる事なく、力も普通の人間では歯が立たない程強かった。


いつしかニコの名前は『宵闇の死神』という二つ名と共に大陸中に広まっていた。


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