第9話 『勇者』という職業

ギルドでの騒ぎは、珍しくないのだろう。

多くの人が野次馬の様に、遠巻きに集まってきていた。


「ランクなんてすぐに上げられるよ。セント、もう良いじゃない?違う依頼受けて、早く冒険しようよ~!」

「そうだよ、リリの言う通り。それに…いざという時には『勇者』の力は必要になるんだから、とりあえず王様が言ってた様に地道にランクアップしておいた方が、印象良くなるじゃない?」

「リリ、ララ‥‥‥そうだな、分かった」


クルっと背を向け、その勇者?はカウンターから離れていった。

代わりに、先ほど勇者を説得していた内の一人がシンディさんの前に行く。


「ごめんね、悪い人じゃないんだけど…融通利かなくて。で、こちらの依頼を改めて受けたいんだけど?いいかな?」


彼女は右手に持った依頼書をヒラヒラさせていた。


「拝見させていただきます。‥‥‥はい、結構です。よろしくお願いいたします」

そう言って、シンディさんはまた頭を下げた。


暫くはザワザワしていたエントランスも、すぐに元の状態に戻っていた。

(凄いな。やっぱりこの程度の騒ぎは、日常茶飯事なのか?)

そう思わざるを得ないほど、あっという間に治まった感じだ。


「何かあったの?」


一人、物思いにふけっているとそう声が聞こえ、意識がそちらに向く。


「マスター‥‥‥」

シンディさんはそう言って、エントランスの奥にある階段を下りてくる女性に軽く頭を下げる。


(マスター?この人が、ギルドマスター?)


俺の頭の上には多くの疑問符が並ぶ。

荒くれ者達のまとめ役が女性で、しかもかなりの美人である。

背も高く、スラっと伸びた手足が映える。

横にスリットの入ったスカート(俺の感覚ではチャイナ服に近いが)を着ている。

所作全てが優雅で、そんな彼女がシンディさんの所へ階段を降りてくる。


「セント様が‥‥‥」

なの?」

「はい。高ランクの依頼を受ける事が出来ない!と…それで」

「はぁ~……」


(あの勇者はセントと言うのか。俺の名前と似ているな…。まあ、冒険者の俺はエンドだから、それほど目立つ事も無いだろう…。しかし、ギルドマスターがため息を吐いているところを見ると、が初めてではないみたいだな)


「シンディごめんなさいね‥‥‥。いつも嫌な役回りをさせてしまって…」

「いえ、これもお仕事ですから!大丈夫です」

「特殊な職業とは言え、勇者だけは騒動の種よね~。まあ帝国の『勇者』に比べたらマシなんでしょうけどね。ホントに困るわ~」


聞くともなく聞いていたが、自分の中で少ししんみりしてしまった。

(どの世界でも仕事に理不尽は付きものか‥‥頑張れ!シンディさん!!俺は貴方の味方です!)

意味もなく小さくガッツポーズする俺。


(しかし、ここ以外にも職業『勇者』は存在するのか?それは中々興味深いな…)


「マスター、いつも思うのですが…勇者だけはどうして『特別扱い』される事が通例化されているのですか?」

「そうね、シンディはに入ってまだ日が浅かったわね?」

「はい、今年で2年目です!」

「勇者と言う職業を説明するには、約一万年前に現れた【天災の厄獣】の話しをしないといけないわ」


二人の会話が気になる俺は、注意深く聞き耳を立てるのだった。



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