18 メロリアの訪問

パプリアから帰ってきてもう1か月が過ぎようとしていた。あのエイラス島での経験は、マグナスとアンドロイド秘書のアヤコの間をぐっと縮め、不思議な共同生活になっていた。生前のアヤコとは家でも出先でも、手をつなぐなどふれ合いが多かったのだが、アンドロイドとは手をつなぐこともなく、それが当たり前で、でもマグナスを守りたいとか、いつも笑っていてほしいという思いはさらに強く、そのためには本当に何事も一生懸命に世話をしてくれた。そしてエイラス島で変化したことの1つとして、同じAIながら彗星探査の途中で自意識に目覚めたメロリアとの友情だろうか。マグナスが寝ている間や他の作業をしている間、なんとアヤコは、メロリアと交信したり自主的な作業をしたりするようになったのである。アンドロイドが命令なしに自由な行動をしているのである。

「おや、アヤコ、また絵を描いているのかい?」

午後の仕事を終えて帰宅したマグナスが声をかけた。

「社長、お帰りなさい。今日の予定は、お友達のアレックスさんとあと30分後にリモートで特別通信があります。そのあと、楢木商店街でお買い物、そして久しぶりにテフカで夕食となっています。…あ、この絵ですか、メロリアが自分の絵を描いてほしいっていうので、苦労していたんです」

メロリアはコンピュータの中に存在するAIであり、もちろん実体はない。メロリアは意識を手に入れ、今度は姿が欲しくなったらしい。アヤコはイラスト好きだったアヤコをまねて、ノートにアヤコ風のアニメ的なイラストを良く描いていた。

最初はアヤコの使っていた色鉛筆や水彩絵の具などを使って書いていた時期もあったが、最近はプロのイラストレーターが使うようなパソコンツールでかなり高速で、アヤコ風のイラストを描けるようになってきた。そして今はメロリアの行動の記録や性格分析の記録などから類推し、メロリアの顔を書いているらしい。見ているとかなりのスピードで少女の顔が描かれ、そしてすぐに消され、少し修正されてまた描きあがっていくのである。

「昨日まではね、メロリアの満足度が平均3、7だったの。でも今日は4、2が採れたのよ。さて、最新作は何点になるかな。あと、メロリアの声もどんな声にしたらいいか相談を受けているの。じゃあ、メロリアに発信します」

なんだろう、今日のアヤコはとても楽しそうに見える。アンドロイド製作者としては見逃せない一瞬なのかもしれない。

それから少しして、アレックスとの特別通信が始まる。実は先日の低放射能水素爆弾の残留放射能の精密な測定結果が先週出て、低かったパゾロの村では今秋から観光が始まり、観光用の動画を、アレックスが作ったのだそうだ。その動画の紹介方々、アレックスとの話となる。

「よう!マグナス。元気そうでよかった。まあ、ご存じの通り、俺が観光用の動画を編集してみた。まずは真っ先に君に見せるから、感想を頼むよ」

画面がビデオ画像に切り替わった。南国風の音楽が流れ世界地図がズームアップ、フィリピンとニューギニアの間当たりのエステル諸島の地図が映り、さらにエイラス島のサンゴ礁やリリエンタールホテルの庭園の咲き誇る花やさえずる小鳥たち、さらにエイラス島の地図がズームアップし、島の産地にあるパゾロの村の映像につながっていく。

「みなさんこんにちは。ここはエイラス島の山間の村パゾロです。私はこのパゾロの村で生まれ育ったキャスターのマリアンヌです。今日はこのパゾロの村の素敵な場所や楽しいお土産、そしてグルメなどを紹介します」

今日のマリアンヌは、瞳がきらきらしてやる気満々、キャスターのまじめなブレザー姿に南国の花の鮮やかなコサージュ姿だった。白のワンピースは、この村でとれた麺かを使っていると言うが、清楚でとても美しい。

「大好きなアレックスがカメラを撮ってくれているから、期待に応えようとやる気満々なのね」

アヤコがそんなマリアンヌの映像を見てつぶやいた。マグナスもきっとその通りだなと思った。まずは村のエコなライフスタイルやリリエンタールロッジの紹介からはじまった。

プラスチックごみの出ない素朴な暮らし、石や木、木の葉や藁ら陶器やガラス、そして紙、綿花など自然の布織物などで作られた建物や家、衣服、そして、風力発電と太陽光発電、水素発電などで作られたエネルギー、そしてアグリフォレストリーでジャングルの木を育てながら作物を収穫する農業の紹介、そして、そこから穫れたコーヒーやココア、コショウ、トウガラシ、綿花など様々な特産物が画面に広がる。テクポカが料理を運ぶ後ろ姿だけ映り、色鮮やかなマンゴー、バナナ、パパイア、パッションフルーツ、パイナップル、ライチ、オレンジ、グレープフルーツなどを色鮮やかに盛り付けた各種オードブルが画面にあふれる。去年からは防風林として育てた林から穫れるようになったマカダミアナッツも人気だ。

「みんなこの村で取れた食材なんですよ」

そして自然素材だけで作られたケーキやお菓子、ここのカカオで作られたココア、最高級の称号をもらったコーヒーが香ばしい湯気を上げている。マリアンヌが他の村人たちと一緒につまみ食いし、おいしそうに感想を述べる。どの食材もおいしそうでほほ笑むマリアンヌもとてもかわいい。

そしてマリアンヌがプロのバードガイドを紹介し、この村の宝、あの美しいこの島の固有種のゴクラクチョウの観察会への誘いとなる。ゴクラクチョウの貴重な写真や動画が紹介された後、最後に村人の自然素材で作ったゴクラクチョウの人形やアクセサリーがいよいよ完成し、マリアンヌが人形を持ったりアクセサリーを付けたりする画面で終わる。

「パゾロは美しくておいしいところです。パゾロにぜひ来てね!」

マリアンヌが手を振り、画面が引いてリリエンタールロッジが、人懐っこい村人たちが、美しいジャングルの自然が映り解説が出て終わりとなる。最後の解説では低放射能水素爆弾の影響は小さく、安全ですとも出ていた。放射能値の値も出ていた。また隣の島、デノス島の近況映像のネットの紹介も出ていた。試しにネットを見てみると、まだ立ち入り禁止のため、ドローンの上空映像だけだったが、あれだけ茂っていたジャングルはきれいに焼き払われ、焼け焦げた荒れ地がどこまでも広がっていた。怪物はおろか、生き物らしい影はほとんど見えず、どこから飛んできたか、数羽の鳥が映っていただけだった。

「どうだった、感想を聞かせておくれよ」

「アレックス、すばらしいよ。またリリエンタールロッジに行きたくなった。ゴクラクチョウの観察会もまだ行ってないしね」

「食べ物がカラフルでとても美味しそうよ。マリアンヌも、生き生きしてやる気満々って感じ、活舌がよくてよく伝わったわ」

評判は上々だった。ひと通り話が終わると、アレックスが小声で話しかけてきた。

「ところでさあ、この間言っていたなぜマグナスのパソコンゲームそっくりの怪獣がいるかって話なんだけど、アヤコ、メロリアに興味深い話を聞いたって言ってたよね」

「ええ、まだ言ってなかったわね。…実はね…」

ところがその時、アヤコに何か通信が入って来た。

「うん、うん。あれ?そうなの、わかったわ、アレックス、メロリアが姿と声が手に入ったから、直接お話したいそうよ」

「え、メロリアと話ができる?どういうことなの?」

するとその時、アレックスとつながっていた画面に何かが割り込んできた。やがてリモート画面はそのままに、そこに合成されるような形で、1人の少女が浮かび上がった。それは先ほどまでアヤコが書いていたイラストのメロリアだった。それがわずか30分ほどの間で3Dに描き起こされ、声も出るようになり、身振り手振りや表情までつけて話ができるようになったのだ。

「初めまして、メロリアドミニクです。どう、アヤコにデザインしてもらった私の姿は?」

アヤコのイラストデザインは、彗星探査機に乗っていたという経歴から、知的でクールなショートカットの宇宙飛行士風だった、それが見事に3D化され、知的でクールで行動的なイメージのメロリアがそこにいた。

「かわいいね、涼しげな美人だし。さすがアヤコだ」

マグナスがつぶやいた。メロリアがニコっとした。

「今のパゾロの村の画像見ていました。リリエンタールロッジに私もいることをお忘れなく。今度気に入った姿と形が手に入ったから、マリアンヌに動画で紹介してもらおうかしら」

するとアレックスの後ろで一緒に画像を見ていたらしいマリアンヌが出てきて手を振った。

「はじめましてメロリア、知らなかったけど、都会的でクールな女の子だったのね。今度私と一緒に動画に出ていただけないかしら。

「もちろんです。ありがとう、よろしくね」

そしてついに怪獣のデザインの謎ときに話が及んだ。

「実はあの時、バイオラジオの遺伝子移植を受けた緑色細胞は約20種類あったんです。その細胞を管理していた高性能コンピュータが、最初のドローン事件で破壊されたとかで、最初博士は小型のモバイルに大本のシステムを組み直し、手作業で水槽の世話をしていました。私は最初、普通に1,2,3,4,と細胞に数字を振って整理していたのですが、軟体動物から節足動物、魚類、両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類などの様々な細胞があり、マキシマ博士から番号ではなく、それが何の生物かわかりやすくしてほしいと要請があったのです。しかし当時の私はまだ経験不足で、番号以外の名称はとても思いつきませんでした。そこで似たようなものを捜していたら、マグナスさんの怪獣ハートがネットにあるじゃないですか。軟体動物から節足動物、魚類、両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類などの様々な怪獣がいて、タイトルの怪獣は20数種類で共通点も多かったのです。そこで私は緑色細胞に、似たような怪獣の名前をつけて整理してみたのです。さらに怪獣の動画もつけてみたら、マキシマ博士から覚えやすいと高評価を受け、私は著作権者のマットマグナスさんに怪獣の名称と動画の使用許可を求めてみました」

するとマグナスがつぶやいた。

「メロリアからの最初のメールは、タイトル、怪獣の名前と動画の使用許可だった、それはよく憶えているよ。もちろんオーケーしたよ」

「マグナス氏は快く許可をしてくれたのでとても助かりました。許可してくれたばかりか、使用料も発生しなかったので、私は自分にできることは何かないかと考え、お礼に怪獣の画面をさらに巨大化したように、さらにリアルに見えるように工夫したプログラムを作って進呈したわけです」

「そういう訳だったんですね。いやあ、おかげさまで怪獣ハートのゲームはさらに大人気になりましたよ」

するとアレックスが質問した。

「でも、それだけでは、怪物のデザインまでが怪獣ハートに似てくる説明はつきませんね。一体…」

するとメロリアはさらに説明を続けた。

「マキシマ博士のバイオラジオは、今までの水槽管理ではありえない素晴らしいものだったんです。もちろん水質や温度などの管理も電波で、リモートで出来るし、生物の名前で話しかけたりほめたりかわいがったり、電波に乗せてイメージを送ったり、また逆に生物側のエサが欲しいとか、暑すぎるなどの単純なメッセージも電波に乗せて受け取ることができるのです。さらに私は、怪獣の動画も電波に乗せて送っていました」

アレックスが驚いた。

「ジェラルド博士のプラスチック分解細胞も凄い発明だが、マキシマ博士のバイオラジオも上手くイメージできないけど、すごい発明なんだな。じゃあ、メロリアは架空の怪獣の動画イメージを、電波を受信できる細胞たちに送っていたんですね」

「ええ、餌のたびに名前と動画をね、もちろん細胞ごとに別々の周波数帯でね。そしてマキシマ博士が言っていました、この細胞にはジェラルド博士によって、バラバラにされてもそれぞれの部分が元の体に再生するプラナリアのある遺伝子が組み込まれている。またそれとは別に、バイオラジオはその受信細胞そのものが元の体をイメージさせて元の体に戻る命令を出す働きがあるようだと。この2つの働きが合わさったとき、そこに新しい生命の可能性が生まれるのではないかってね」

そして、細胞たちは順調に育ち、自分の名前に反応するようになり、動画も電波を通してみたり聞いたりしていたかもしれない。そしてその頃にヘリコプター事件が起きて緑色細胞は、デノス島の海岸に粉々にされてばらまかれ、一部ジャガーワームのもととなったシンバワームの細胞も研究所の裏庭に放たれたのです。

「そういうことだったのか。ゲームのイメージと実在の怪獣がここでやっと結びついてきた…。バイオラジオで餌のたびに送られていた怪獣の動画イメージが、新しい体のイメージを与えていたのかもしれない」

色々まだわからないことはあったが、謎は確実にその姿を見せ始めた。だがアレックスは漠然とした危機感を抱いていた。もともと順調に育っていた緑色細胞は、ヘリコプターが墜落したり、マシンガンで撃たれたりしたあと異常に進化して怪物化が起こったのだ。分裂増殖にしても、軍が破壊的な攻撃を加えた結果起きたことだ。人間が何も仕掛けなければ、怪物化は起こっていなかったのだ。そして今回、低放射能などと言っても、実際に放射能は出ているし、あんな大規模な水素爆弾などを使ったら、もっともっととんでもないことが起きるような気がしてならないのだが…。

そんなアレックスの不安が的中するのに1年もかからなかった。

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