17 新型爆弾

事件の始まりはどこから来たかわからない1枚の封書だった。ビルゴル島から帰って来た直後のリリエンタールロッジに届き、ジュリアスカーツに渡された。ジュリアスカーツは、何枚もある大そうな書類に、みんなの前でさっと目を通すと、黙って封筒に戻した。マグナスがちょっと気になって尋ねてみた。

「あれ、今の手紙何だったんですか?」

「ああ、ちょっとめんどくさい話だ。今晩にもアガサ博士に相談してみるよ」

「ああ、そうですね…」

そしてその夜、実際にアガサモンデールとジュリアスカーツは何時間も話し合っていたようだった。

次の日の朝、話の内容をアガサ博士に聞いてみようと思っていたマグナスは、郡の上層部からと言うある決定に顔色を失う。突然メンバー全員が1室に集められ、ジュリアスカーツから、ある発表が行われた。どちらかと言うと小柄なジュリアスカーツのすぐ後ろに大柄な不死身の男サミュエルゴードンが立ち、さながら用心棒かSPのようであった。

「あなた方は、デノス島の主要な場所に監視カメラを仕掛け、怪物に発信装置を取り付けることに成功し、かなりの高い確率で怪物の現在位置を把握することに成功した。そして怪物の破片が新たに怪物として再生する分裂増殖のメカニズムを解明し、分裂増殖がおきない攻撃の仕方も実行し、また1匹ずつ、確実に巨大生物を仕留めることに成功した。つまり今回のエキスパートチームは輝かしい成功を収めたのだ。我々軍はあなたたちの功績をもとにさらに大規模な怪物駆除に動き出す運びとなった。今日ここにエキスパートチームは役目を終え、チームの活動を終了する。また、報酬は当初の約束通りの金額が、今朝すでに振り込まれているはずだ」

発表の後、ジャックラーテルはスマホで報酬の振り込みを確認し、ニンマリした。

「お、確かに入っている。しかも短期の仕事で破格の報酬だ。俺は金さえ入れば何の文句もない。まあ、一応ジャガーワームも大イノシシも大鰐も一通り仕留めたしな。ありがとよ、こんないい仕事、また縁があるならぜひ声をかけてくれ、いつでも他の仕事をキャンセルして駆けつけるぜ」

サミュエルゴードンはあの魔王コウモリを倒せなかった悔しさはまだあるようだったが、軍部関係者だけに淡々と答えた。

「色々あったが、私は軍部の決定に従う。それだけだ」

今日は最後のお茶会をして終了と言うことになった。マグナスは半分以上やり残した仕事を放り出してしまうようで、中途半端なやり残し感に襲われていた。それに、テクポカに入れ替わっていたマキシマ博士の、ジュリアスカーツを信用するな。と言う言葉がひっかかっていた」

マグナスが納得していないという表情でいると、それを読み取ったアヤコが声をかけてきた。

「社長、そういえばこれから軍が引き継ぐということで、先ほど私がデノス島の監視カメラや発信装置のますターキーワードをジュリアスカーツさんにお伝えしようとしたら、その都度確認するから、今は特にいらないよって言われたんですよ。監視カメラや発信装置はすぐにでも使うと思うんだけどどういうことかしら…」

「それはおかしいなあ、モンデール博士が詳しい話を聞いていると思うから、博士に聞いてみるか」

博士は部屋の出口でアレックスと話していた。

「モンデール博士、ちょっとお聞きしたいんですけど…」

マグナスが尋ねると、モンデール博士は複雑な表情で答えた。

「詳しいことはよくわからないけど彼らが私たちのやり方を引き継ぎたがらないのは2つあると思う。まず我々エキスパートチームが軍のうまくいかなかった仕事を引き受けてとりあえず何匹かを倒すことを成功させて、増殖させないで倒すことにも成功したので、軍としては顔が立たず、そのまますべて引き継ぐのは遠慮したいということ。そして2つ目は、ジュリアスカーツたちは、この間のビルゴル島で熱で倒すことにも成功したので、今度はもっと強い熱の出る爆弾とかでいっぺんに全部倒せないかと考えてるらしいのよ。いっぺんに倒せばさすが軍だと顔も立つし、それだったら怪物の1匹ずつの位置なんか関係ないからね。

「なるほど」

だが隣にいたアレックスはすぐに聞き返した。

「じゃあ、軍はデノス島のジャングルごと焼き払おうっていうのかい?奴らジャングルの生態系を何だと思っているんだ。大体、そんな熱の出る爆弾ってどんな爆弾なんだ」

「奴らは何種類か候補があるって言ってたわ。私はまず爆弾を使うのは反対だし、もし使うにしても環境に影響を与えないものにしてくださいって言っておいたわ。まあ、そんな爆弾はないけど」

夕べジュリアスカーツとアガサモンデールが何時間も話し合っていたのはこの辺らしい。でもなんだかがっかりだ。こちらは苦労して監視カメラを開発して仕掛けたり発信装置を打ち込んだりしていたのだが、軍はやはり爆弾で短時間にけりをつけるのか。返す返すも納得がいかない。その日は突然の活動終了で終わり、みんなで島のコーヒーの最高級品を飲んで終わった。

だが、島を離れ、家に帰ってからわずか数日後、とんでもない知らせがマグナスに届いたのだった。その日アレックスから朝早くに電話が入った。なんだこんなに早く?嫌な予感を感じながら電話に出ると驚くべき内容だった。

「おい、マグナス大変だ!デノス島の島民とエイラス島のデノス側のパラソスの島民ははわずか3日で指定された避難先に移動することになって大騒ぎになってるぞ。なんでも怪物根絶のため、新型爆弾を使うらしい。普通ならとんでもない話だが、怪物騒動で観光収入が事実上なくなり、収入激減の島民の間には賛成意見も根強く、大騒ぎになっているんだ」

「パゾロの村は平気かい、リリエンタールロッジは巻き込まれてないのかい」

「ああ、海岸沿いのパラソスの村と違って山を挟んでいるので影響は少ないと軍部は言っている。念のため、爆発の瞬間は丈夫な建物の中でじっとしていろとはお達しがあったよ」

「なんだそれ、軍部が使おうとしている爆弾って一体何なんだ」

するとアレックスは震える声でゆっくり話し出した。

「それは…、水爆、水素爆弾だそうだ」

「えーっ、水素爆弾!うそだろ、ありえないよ」

「すぐにゴールドマン知事に電話したら、運よく通じたんだ。ゴールドマン知事は断固反対を主張したんだけど、昔の宗主国の軍部の決定と言うことで大統領の了解も取ってあるらしく、もうどうにもできないらしい」

アレックスはモンデール博士のところにも電話したという。モンデール博士のところにはジュリアスカーツから連絡があって、博士の忠告を取り入れて放射能の量が通常の数千分の1だという低放射能水素爆弾に切り替えたと報告があったという。もちろん博士は承知などできないと言っていた。

「低放射能水素爆弾ってなんだ?」

アレックスが応えた。

「水素爆弾は太陽と同じ核融合反応で高温爆発するが、それ自体は本来放射能は出ないのだが、起爆装置として原爆を使うため多量の放射能が出るのだ。でも低放射能爆弾の起爆装置は極めて小さな原爆を高プラズマ化させて核融合反応を起こすため、放射能は数千分の1以下しか出ないと言われている。でも低放射能水素爆弾は今まで実践に使われたことがないらしく、実際どのくらいの放射能がでるのかどうかは誰も知らないそうだ。まったくとんでもない話だ。適当に理由をつけてここで奴らは新型爆弾の実験をするつもりなんじゃあないか」

アレックスは憤っていたが、あと3日で新型爆弾がデノス島で使われるということは決定事項で、もうゴールドマン知事でもモンデール博士でもどうしようもなかった。

そして3日後、村人たちはリリエンタールロッジのホールや食堂に集まりじっとしていた。アレックスはそれぞれの村人たちに声をかけみんなを安心させて回っていた。だが、厨房関係の村人が集まっているところで立ち止まった。おばあちゃんとテクポカの横で超絶美少女マリアンヌがしくしくと泣いているのだ。

「どうしたんだマリアンヌ」

「違うの、怖くて泣いているんじゃないの」

横にいるおばあちゃんの話では、行方不明になっている父親と姉はヘリコプターが爆発したときデノス島に降りたらしい。

でも、まだ島で生きていても、今度の新型爆弾で本当に死んでしまうかもしれない。だから…心を痛めているのだという。

ところがその時、テクポカがしゃべりだした。

「ちょっと待ってくれ。私は、君のお父さんとお姉さんを知っている。知っているどころか命の恩人だ」

テクポカはつい正体を出しそうになり、アレックスに爆発が終わったらマリアンヌを食糧倉庫に連れてきてくれ、父親と姉のことを話す。と小声で言伝をすると、再びアンドロイドになりきり、厨房に行くふりをして去っていった。みんなアレックスの最後の注意事項の放送を聞きながら最後の瞬間を待った。

1、何があるかわからないので決して外に出ない。

2、しばらくの間デノス島の方を見たり、空を見上げたりしてはいけない。

3、放送の合図があるまで動いてはいけない。

そして時間が近づいた。アレックスは放送が終わると、おばあちゃんとマリアンヌのところに帰って来た。

「爆発が終わったらテクポカが話してくれるそうだ。私といっしょに食糧倉庫の方に来てくれ」

なぜだろう、マリアンヌがあまりに真剣に見つめるのでドキドキして来たアレックスだった。

「はい、一緒に行きます、廊下で待ってます」

マリアンヌもなぜかドキドキしながら答えた。そして時間が近づいた。マリアンヌは無意識にアレックスの手を握り、瞳を閉じていた。

「…9、8、7、…さあ、もうすぐだ…3、2、1、ゼロ」

最初窓が明るく光り、地面が揺れた気がした。そして少し遅れて巨大な音が響き渡る。ズズズーン、バババアアアアーン!

次に熱風が吹き抜け、窓ガラスがガタガタ鳴った。しばらくしてアレックスが立ち上がり、建物の周りやガラス窓を確認し、放射能測定装置も問題ないと分かると急いで放送をかけた。

「新型爆弾の爆発は終わりました。ゆっくりと動いてください。外は熱風が吹き抜けた後ですので、十分に注意してください」

少しして、やっと村人たちのざわめきが聞こえてきた。外に出ると木の葉や木の枝が散乱していた。そして青い空に、真っ白なキノコ雲が立っていた。思ったより大きかった。放射能量は予想よりさらに低く、なんとほとんど安全圏内であった。不幸中の幸いだ。デノス島の方向にはたくさんの白い煙が立っていた。ジャングルが燃えているのだろう。アレックスは1度中に入り、厨房の方向に歩き出すとマリアンヌが廊下で待っているのをすぐに見つけ声をかけ、一緒に歩き出す。人気の少ない食糧倉庫まで来るとなぜかドキドキしてくる。最初にアレックスがドアを開けて中を見る、まだテクポカは来ていない。マリアンヌを呼んで2人で入る。中はシーンと静まり返っている。マリアンヌはこのままテクポカが遅れて来たらどうしよう、こんな静かな場所で2人きりになるなんて。と、思っているとテクポカがそーっと入ってくる。

テクポカはマリアンヌの前で、自分が本当は人間だと正体を明かし、フェイスパーツを取って見せた。驚くマリアンヌ。でも料理や野菜の栽培が余りに見事でテクポカを尊敬していたせいか、正体がわかって益々信頼が深まったようだった。そしてテクポカ、いや、マキシマ博士はマリアンヌの父親と姉の話を始めたのだった。

「私は、あの爆弾自動車が研究所に飛び込んだ時、アガサモンデール博士の夫のジェラルドモンデールと共に秘密組織に拉致され、このエステル諸島の北火山島とミラレス島に連れて来られたんじゃ。 

火山島ミラレスは13年前に大規模な爆発があり、避難が進み、島民は一時ゼロになったのだが、島民のいない間に組織の秘密研究所ができ、火山活動が相変わらず活発だという偽情報が流れ、島民は帰らず、ミラレスはいつの間にか奴らの島になっていたのじゃ。色々あって私はジェラルドモンデールと別れ、そこの研究所の地下で軟禁生活を送っていた。そんな私の日常の生活の世話をするためにデノス島から秘密裏に連れてこられたのが、マリアンヌの父親と姉だった」

「え、じゃあ、父と姉は元気なんですか?」

「ああ、とても元気だったよ。地下基地で軟禁生活を送るわしのために掃除や洗濯、何よりもおいしい食事を作ってくれた」

「よかった、父ロレンスは調理師で、ここリリエンタールロッジで私と一緒に調理の仕事をしていたんです。姉のシンシアも研究所でアルバイトをしていたけど、野菜ソムリエの資格を持っている料理自慢なんです」

「父親のロレンスと私はとても気が合って、2人でよく料理の話をしたもんだな。それから地下生活は気が滅入ると常々私が訴えていたんだが、ロレンスは組織に交渉してくれて私は1日1時間だが、外に出て農作業ができるようになったんだ。得意の自然農業で、いろんな野菜を作って気が晴れたもんだよ。そして採りたての野菜で君の姉のシンシアがおいしいサラダを作ってくれたものだ」

「よかった、よかった」

マリアンヌはうれしくて泣いていた。

「でもロレンスもシンシアも組織のことを知りすぎているから、奴らも簡単には手放すまい。私がこの島から完全に脱出し、出るところに出て組織の野望を打ち砕くことに成功すれば2人を救い出すことができるかもしれない」

テクポカ、マキシマ博士の話は終わり、みんなそっと食糧倉庫を出ていった。別れ際にアレックスがマリアンヌに言った。

「お父さんとお姉さんが元気でよかったね。みんなで協力してお父さんのロレンスとお姉さんのシンシアをきっと助け出すからね」

それからアレックスはマグナスに電話し、今のことを話した。

「新型爆弾がこのパゾロの村に与えた影響がごく小さなもののようで、本当によかったな。マリアンヌのお父さんやお姉さんも無事で本当にうれしいよ」

マグナスがほほ笑むとアヤコも心から喜んだ。

「うれしそうなマリアンヌの様子が想像できますわ」

2人とも喜んだが、今この瞬間も、全世界に影響を及ぼす、あのとんでもない現象が刻一刻と進行しているとは、まだ誰もわからなかった。

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