19 怪魚の上陸
地中海の沿岸に、各国の資金援助を受けて国連が全面的に力を結集し建設したのが、カーボンリサイクルセンターと呼ばれる広大な施設だった。施設の裏は豊かな森林と草原になっていて、この中には林業試験場と植物栽培実験場があり、様々な植物の栽培や光合成の実験が行われている。センターの中央部には、炭素を出さないように改良した施設もあるのだが、ここで一番多いのが、炭素を直接減らすためのカーボンリサイクルと呼ばれている施設だ。
併設されているごみ焼却発電所から出る排気煙から二酸化炭素を取りだし、炭素を吸着するコンクリートや家畜の飼料などを作る工場もあるし、炭素をきれいに浄化して、地下水と合わせて炭酸水を作る工場、また、二酸化炭素を使って効率よくミドリムシなどの光合成を行うミドリムシプラント、さらに天然ガスの採掘の時に発見されたピンク色の水素バクテリアの炭酸同化作用を利用した水素菌プラントもある。さらに近々光触媒を使った大規模な人工光合成プラントも動き出す予定だという。
このセンターの特徴としては、カーボンリサイクル工場で作られた製品やエコ商品などを扱った大掛かりなショッピングモールがあることである。
室内の酸素を増やし空気を浄化する様々な観葉植物や、純粋な二酸化炭素を使って作ったオリジナルのソーダやレモネード、培養したミドリムシを使ったクッキーやスナック、カップスープ、その他さまざまなエコグッズなども売られている。ここの施設で上級研究員として働いているのが、あの美貌のアガサモンデール博士だ。
その日、センターのショッピングモールのオープンカフェでモンデール博士は若い女の子と待ち合わせをしていた。
「はじめまして、アガサモンデール博士、この度、国連施設のイラストレポートの依頼を受けましたユリアンエミールと申します」
「ああ、あなたがマグナスさんの紹介してくれたユリアンさんね。マグナスさんが、あの人なら間違いないっていうのでうちの広報にあなたのネットに出ているイラスト作品集を見せたら、とても気に入ってね、是非にと言うことでお願いすることにしたの」
「うれしいです、それじゃあ頑張らなくっちゃ」
ここの施設はお金もかかっていて、最先端の技術が見学できる素晴らしい場所なのだが、まだ知名度が低く、PR活動も始まったばかりで、観光コースには全く入っていないのだ。
「今度、知り合いのアレックスさんの紹介で南の島のパゾロの無農薬フルーツやオーガニックコットン、アグリフォレストリーでジャングルの木々を育てながら栽培した無農薬栽培のココアやチョコレート、コーヒーなども店で売るようになってきたのをきっかけに、この場所をもっと宣伝しようということになったのよ」
モンデール博士は、早速広報から預かっている取材してほしい施設、施設の仕組みのポイント、イラストで気を付けてほしいこと、伝えてほしいことなどをまとめた紙を渡した。早速集中して読み始めるユリアン。ユリアンは背も高く、長髪も豊かでライオンを思わせるくらいに堂々として自信に満ちている。
やがて2人の注文したパゾロ島のフルーツソーダとパゾロ島のアイスコーヒーが運ばれてくる。
「オッケー、オッケー。わかりました、きっと上手くできると思います。ここのショッピングモールも、ほらそこの植物売り場、室内でも簡単に緑が増やせる手軽な鉢植えや、光合成が盛んで二酸化炭素をたくさん減らせる植物とか、ただきれいなだけかわいいだけの花と違う植物がたくさん並んでいますし、アグロフォレストリーの作物を買うだけでジャングルの環境を守り、二酸化炭素を減らすことができるのです。今すぐに家でできる身近なエコ活動としても有効なんです。今私が飲んでいるフルーツソーダだって、ジャングルを育てながら栽培したフルーツと、取りだした二酸化炭素で作った炭酸水じゃないですか、これって飲むエコ活動ですよね。そういうところを取り上げてイラストレポートしたいですね」
「流石マグナスさんの紹介だけあって、理解が速い女の子ね」
モンデール博士は感心しながらコーヒーを口に運んだ。その時だった。モンデール博士の携帯がけたたましく鳴った。
「緊急呼び出しだわ。一体何かしら?」
やがてオープンカフェのすぐ近くにセンター内専用の自動運転電気自動車が到着する。中からセンターの職員が降りてきて博士を呼びに来る。
「博士、海岸に怪物です。怪物は博士の専門だから、とりあえず呼んで来いということになって…」
「詳しいことは電話で聞いたわ。あの事件のおかげですっかり怪物の専門家になってしまったわ。あ、ユリアンさん、よかったら一緒に来て」
「え、一緒に行っていいんですか。よろこんで!」
美貌の上級研究者と豊かな長髪の天才イラストレータは、自動運転車に乗って、海岸に向かって突き進んでいった。なだらかな長い坂道を下っていくとあたりが開け、深い藍色の地中海が広がる。
人だかりだ、パトカーや装甲車も見える。さらに近づくと、遠浅の海が広がる深さ1mほどの波打ち際に古代魚のような奇怪な怪物が上陸してきていた。
「ああ、見たことがある。でもあの時よりかなりごっつい顔になってるわね。デノス島のマングローブ地帯でジャックラーテルが目撃した古代魚の怪物にそっくりだわ。でもあの時は4mくらいだと言っていたけど、今のあいつは10m以上ある。しかも驚くことに、強力なヒレ足が、体を支えて器用に歩いている」
怪魚は一歩二歩とヒレに力を込めて歩くと、歯がびっしり生えた大口を開け、横に飛び出た大きな目をぎょろッとさせて、唸り声を上げた。すぐに警備隊の隊長と思しき屈強な男が近づいてくる。
「デノス島で怪物駆除のエキスパートチームにいたアガサモンデール博士ですね。怪物駆除には難しい側面があると聞きました。指示をお願いいたします」
モンデール博士は、海岸の周囲の状況を細かく観察してからこう言った。
「…っ彼らは爆発を伴うような強い刺激を受けて体をバラバラにされると、飛び散った肉塊から細胞分裂を起こし、増殖してしまいます。爆発を伴うような兵器の使用は禁物です」
「それは困った。ではどのような対処をすればよいのですか」
「この海岸には3日前の嵐で、かなり大量の漂着ごみが打ち上げられている。そしてその中にはかなりの量のプラスチックごみがあります。それが奴らの大好物なのよ。もし怪物を何とかしたいのなら、この漂着ごみを早急に全て片付けること。たぶんそれでこの怪物は自分から海に帰るでしょう。それでだめな時は次のレベルの作戦があります」
「承知いたしました。よし、センターの職員と協力して漂着ごみの撤去を行う!」
ブルドーザーやパワーショベルが駆け付け、トラックに漂着ごみを積み上げ始めた。人々が動き出した。だがその時、ユリアンエミールが大きく目を見開き、何枚も写真を撮りながら、何かを口走っていた。
「間違いない私が怪獣ハートのタイトル画面に描いたイラストの怪獣にそっくり、確かあれは古代魚怪獣ゾーマカンス。でもなぜ…」
するとモンデール博士が声をかけた。
「そうか、怪獣ハートのイラストはあなたが描いたっていってたわね、そりゃあ驚くわ。自分の描いた怪物が実在するのだからね」
「なぜなんですか、一体どういうこと何ですか」
「そうねえ、私はパゾロ村のアレックスさんから聞いたんだけど、詳しく知りたいなら、あなたのお知り合いのマグナスさんか、秘書のアヤコさんに聞けば教えてくれるはずよ。けっこう複雑な話で、今ここで話している暇はないかなあ」
「わかりました、すぐに連絡を取ってみます」
するとその時、人々のざわめきが聞こえてきた。漂着ごみの片づけが始まると、自分のエサが取られると焦ったゾーマカンスが暴れ出したのである。背びれを立ててエラを広げ、大きな口を開ける。すると、口の中からもう1つの鋭い歯が並んだあごが、ぐぐっとせりだす、恐ろしい迫力だ。そしてあたりを威嚇しながら水しぶきを上げて漂着ごみめがけて前進を始めた。
「博士、どうしましょう、攻撃しますか?」
「あの怪物の近くにあるプラスチックの四角い塊を怪物に投げて様子を見て」
警備隊の隊員が恐る恐るごみを投げると、怪物は大きな口を二重に伸ばし、がぶりと噛みついた。ギョロッと突き出た目が凄い迫力だ。ゾーマカンスは首を激しく振って、引きちぎる様にごみをバラバラにすると、今度は片っ端から飲み込み始めた。
「さあ、今のうちに漂着ごみを運び終えるのよ」
作戦が当たり、ゾーマカンスの前進はしばらく止まった。大急ぎで重機が稼働し、ごみがみるみる無くなっていく。最後に大きな漂着ごみの塊がトラックに積み込まれて運び出されると、重機も怪物を刺激しないようにさっさと海岸を離れていく。
周囲はすっかり何もなくなり、地中海の白い砂が広がっているだけだった。ゾーマカンスは重機が取りこぼした漂着ごみを突っついていたが、やがてしぶしぶと海に戻っていった。
海に入った瞬間、よちよち歩きだったのが、体をうねらせて結構な速度で泳ぎ始め、すぐに沖へと消えていった。
「怪物はね、プラスチックごみを食べつくすと、元々食べていた餌を食べるようになる、肉や小動物を食べるようにもなり、人間が襲われるようにもなるわ。プラスチックごみを適量与えることで上手く付き合うこともできるけど、長く付き合うには覚悟が必要ね。今日みたいにすぐ帰ってくれれば何の問題もないけれどね…」
しかし…、モンデール博士は嫌な予感を感じた。あの忌まわしい低放射能水爆でデノス島の怪物は壊滅したはず。今のゾーマカンスは、水中にいたから生き残っていたのか…、それとも…。
帰りの自動運転の車の中で、早速ユリアンはマグナスのところに連絡をとった。
「…ああ、そういうわけでね、怪獣ハートのゲームの怪獣の名が割り当てられた緑色細胞は、餌のたびにその名前を呼ばれて、動画も見せられて育てられたんだよ。ところがたびかさなる人間の自分勝手な事件に巻き込まれ、爆発などで大きなショックを受けるうちに怪物化してしまったんだ」
「本当ですか?そんなことって信じられないわ」
「なんなら、メロリアを紹介するよ。彼女の口から実際に聞いてみるといい」
「えっ、あの有名なメロリアドミニクに会えるんですか?ぜひお願いします」
しかし、ユリアンの送って来た古代魚怪獣ゾーマカンスは凄い迫力だ、こんなものが今も地中海にいるのか。そうだとしたら大変なことだ。第一、あれだけの水素爆弾を使ったことが無意味になってしまう。
「ユリアン、君のそばにモンデール博士がいるなら代わってくれないか」
「はい」
「あ、モンデール博士お久しぶりです。しかし今ユリアンさんが送って来た写真がゾーマカンスだとすると、これは大変なことじゃないですか。すぐアレックスと相談しようと思うんですけど、よろしいですか」
せっかちなマグナスの言葉に、彼の慌てようが分かった。
「ええ、私もアレックスと連絡を取ろうと思っていたんです。よろしくお願いします」
早速アレックスと連絡を取るマグナス。だがユリアンエミールだけでなく、もう1つの怪獣目撃報告のメールが届きそれがマグナスをまた事件へと巻き込んでいくのである。
アレックスはすぐにほかでも怪獣目撃報告が上がっていないか、ネットの記事を調べてみると言っていた。するとそれを聞いていたアヤコが提案した。
「ネットの記事を調べるんでしたら、私とメロリアに任せてください、数十万件の内容を瞬時に調べますわ」
するとアレックスが喜んだ。
「そうか、その手があったね、頼むよアヤコさん、それならスピーディーに世界中のことがわかる」
だが、アレックスとのやり取りが一通り終わったときだった。
「あれ?!久しぶりだな、去年の怪獣ハートの映画でグランプリをとったマーチンシュレイダーからメールが来ている」
それは怪獣の目撃報告だった。しかも同時に何匹もだ。マグナスは、これは大変だと、早速マーチンに連絡をとることにした。
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