12 細胞

デノス島から帰って来てからすぐ、マグナスたちはパゾロに戻って精密検査やメカの修理を行った。バーグマンが、いきなり難しい顔をした。

「ジャック、まさか頑丈な左足がイカレちまってる。凄い大イノシシだったんだな。左足のパーツは交換してみるが、悪いが、ジムと同じようなメカのむき出しの脚になるぜ。そうさな、交換に3日、調整に1週間もあれば、元通りに動くようになるだろう」

「結構、結構。ハンターの勲章だ、それで使わしてもらうぜ」

「サミュエルゴードンさん、あんたは背中の部品の交換だけでオーケーだ。でもこれはうちの研究所では取り扱っていない、取り寄せ品だ。1週間ほど待ってもらえば修理は完了だ。…ところであんたサイボーグだったんだね」

「ああ、隠すつもりはなかったんだが、俺の両手両足、腰の骨や首の骨、大部分の筋肉は作り物だ。激戦で少しずつメカ部品に切り替える必要ができてね。でも結果として、俺の戦力はけた違いにアップした。そのうち戦闘サイボーグとしての実力を見せてやるぜ」

そう言って彼は笑ったが、彼には私たちの知らない激烈な戦闘の過去があるようだ。その他、コウモリに襲われたジムも異常なし、初めての戦いを経験したアヤコも衣服が破れるどころか、アクティブスーツには傷ひとつ無かった。モンデール博士とアレックスリゲルもさらに調べたいことがあるらしい。みんなそれぞれに部品の交換や修理、研究などに出かけていき、ジュリアスカーツのもとに全員が再び集まったのは1か月間以上後だった。

久しぶりにみんなの前に現れたジャックは左足のパーツをまるきり新品と入れ替え、ある意味パワーアップしていた。しかしズボンの下から見える左足のすねはむき出しの金属となり、なぜか海賊船長みたいな凄味を持っていた。だが驚いたことに、頑固者で偏屈なはずのジャックはマグナスのそばにやってきて、このアンドロイドボディがいかに優れているか、今度の左足も、どれだけしっくりなじんでいるか、突然褒めだしたのだ。

「今度左足を治してもらうまで、あんたがボディを作ってくれたドクターだったなんて俺は気づかなかった。…なんで俺がこんなことを話すと思う?俺はすでに死んでいるからだ。だがドクターの作ってくれたこの体で生き返ることができた。俺はもともと自分の体と自分の感覚に自信があった。だからそんなものは誰も作れないと思っていた。俺の死ぬ前の意識と今の意識はつながっているとは思わないが、生きていた時と同じ、いやそれ以上の体と感覚を…今俺は持っている。あんたが俺の空の目ともいうべきドローンを作ってくれたしな。だからドクター、あんたにだけは頭が上がらねえ。すばらしいボディを、すばらしい感覚を作ってくれてありがとう」

このマイペースでわがままな男に丁寧にお礼を言われると何か調子が狂う。

「そんなに言われると照れるよ。これからも必要があればどんどん改良を加えていくつもりだから何かあったら何でも言ってくれ」

「そうさせてもらうよ、本当にありがとう」

…こいつは本当はいい奴なのかなあ…ジャックにしっかり握手してもらって、不思議な気持ちのマグナスだった。

ジャックと仲の悪いサミュエルゴードンも色々パワーアップしてきた。この間強い酸性の黒い駅を吹き付けられて視界が見えなくなり、オックスの武器が使えなかったのがよほど悔しかったのか、メタルホークと言う名のドローンと、ソニックウルフと言う名のロボットバイクがオックスから発射され、万が一の時のもう1つの目となる様に改良されたのだ。どちらにも八方向のカメラと特殊センサーが内蔵され、メタルホークにもソニックウルフにも独自の武器が取り付けられているのだという。今度こそあのコウモリの怪物も打ち取ると自信満々のサミュエルゴードンだった。

数週間の間、マグナスはバーグマンと修理などを行っていたが、もう1つアヤコと行っていたのが、監視カメラなどの怪獣データの整理である。怪獣たちの大きさや種類、生息場所や生息匹数などがアヤコを通してみんなにうまく伝わるようプログラムの改良も試みた。だがある程度データが集められると、アヤコがおかしなことを言い出した。

「あの岩のようなかに、ロッククラブですが、あれから1か月たって、大きな個体の数が急激に増えてきているんです。何か繁殖でもしているのでしょうか」

アヤコは高精度の画像処理などをもとにしゃべっているから、嘘や勘違いということはあり得ない。サミュエルゴードンがあれだけ派手に駆除したのに、数が増えているとはどういうことなのか。

マグナスは早速親友のアレックスリゲルに聞いてみた。するとアレックスはリリエンタールロッジの1室に設けられたモンデール博士とアレックスの共同研究室に来てくれと言うのだ。マグナスとアヤコが連れ立って研究室に向かうとモンデール博士とアレックスが神妙な顔をして待っていた。そこにマリアンヌがコーヒーとお菓子を持って入ってくる。この村でとれたコーヒーとカカオ豆を使ったミルクチョコだ。

「ほろ苦いコーヒーと甘いチョコの絶妙の組み合わせです、コーヒーもチョコもおかわりがありますよ」

マグナスもアレックスもまずコーヒーやお菓子から手に取った。

「なるほど、この組み合わせは絶妙にうまいぞ」

マグナスも、モンデール博士もニコニコして食べていると、マリアンヌが自慢げにアレックスに微笑んだ。

「アレックスさんのおかげで、私たちの村にもこんなおいしいものができてきたんです」

マグナスがニコニコするだけでアヤコの秘書としての達成度も上がり、幸せ回路の数値も上がる。アヤコまでニコニコしてくる。

アレックスがクールに切り出す。

「モンデール博士、では細胞の説明をよろしくお願いします」

美貌のモンデール博士が研究室に置いてあるいくつかの水槽を指さしながら説明を始める。

これは海岸に打ち上げられていた数種類の緑色細胞、怪物の残骸を水槽で培養したものです。まずはここを見てください。そう言って1と書かれた水槽を指さす。

「まずこれが培養し始めの細胞です。見てください細胞のところどころから、イソギンチャクのような細胞が出ていますね。これが水中で細胞を培養すると初期に出てくるヒドラという細胞の変化したものです。なんとちいさな触手でマイクロプラスチックなどを貪欲に吸収し、みるみる成長していきます。ところが、マイクロプラスチックではなく、最初からレジ袋など、もっと大きなプラスチックを与えるとこうなるのです。そう言ってモンデール博士は隣の2と書かれた水槽を指さした。

「こ、これは…?」

なんと7、8倍に成長したヒドラが触手を広げている。さらにヒドラの下に黒みがかった岩のようなものが見える。なんとこの岩はヒドラ細胞が作り出したものだという。そしてさらにモンデール博士は隣の水槽を指さした。

「ほら、これを見ればヒドラ細胞の下にできた黒い塊が何かわかるでしょう」

「まさか…?」

それは小さなロッククラブだった、でもよく見れば背中にヒドラ細胞のイソギンチャクがついている。

「そういうわけなのよ。海岸に打ち上げられていたロッククラブの破片から小さなヒドラ細胞が芽生え、それが成長して再びロッククラブを生み出すのよ」

しかも発生の途中で大量のプラスチックを急激に摂取するとどんどん巨大化していく。

「そうか、それで巨大化を…」

実験の結果から推測されることをマグナスは口に出さずにはいられなかった。

「ということは、緑色細胞を持つ怪物を攻撃すればするほど、結果として怪物は殖えていき、さらにプラスチックを多量にとれば巨大化する…ということになる…」

モンデール博士はきっぱりと答えた。

「その通りだ。だからアヤコが言っていることは間違いではない。あの岩のようなカニ、ロッククラブは攻撃後に確実に増え、巨大化しているのだ」

でももちろん増えるのには条件があるという。1、細胞の生息しやすい環境にあること(この場合は海中)。2、体がバラバラになるなど、激烈なショックを受けること。3、マイクロプラスチックや塊のプラスチックがすぐそばにあること。

今回はこの条件がそろったため、ヒドラ細胞の増殖、巨大化がおこった。だがジャガーワームや大イノシシなど、ジャックが地上で仕留めたものにはまったく増殖は認められていない。

「じゃあ、地上で処分すれば増殖は起こらないのですか?」

マグナスがそう質問すると、博士は硬い表情でこう答えた。

「それがそうでもないのよ」

そう言って博士はマグナスに瓶に入れた黒いミミズのようなものを見せた。普通のミミズより明らかに口が大きく凶悪な感じだ。

「これはアレックスがあのごみの不法投棄場所から採取した土壌サンプルの中にいた謎の黒いミミズです。薬品処理してあります。最初は興味本位で種類を調べたりしていたんだけれど、まさかと思って遺伝子分析をしたら…。これも緑色細胞の細胞だということが判明しました。ヒドラに対してこちらはワームと呼ばれています。地上で飛び散った肉片が変化した細胞なのです、標本にするために殺してしまったのでなんの怪物なのかはわかりませんが、このワームも、生きてどんどん土中のプラスチックを食べて急速成長すれば、どんな怪物になるのやら…」

さらに研究途中だが、卵型やクリオネ型の細胞があるらしい。何か凄いことになって来た、ここから推測すると、あの怪物たちには海中でも地上でも、爆発をともなう近代兵器での攻撃はできない。無理やり攻撃すれば増殖、巨大化の恐れがあるということになる。さらにアレックスがおかしなことを言い出した。

「マグナス、君が考えた怪獣ハートってゲームは一体どういうゲームなんだい?」

「好きな怪獣をデザインして、他の怪獣と戦わせたり、シナリオを考えて怪獣映画を作ったりもできるゲームだけど…何か?」

するとアレックスはマリアンヌにチョコレートのお代わりを頼んで次の話を始めた。

「実は僕はこの1か月の間、モンデール博士の手伝いのほか、もう1つ別なことを調べていたんだ。それがね…」

なんでもアレックスは、ここの島に現れる怪物の分類について調べていたという。

怪獣たちは以下の3つのタイプに分類される。1、自然の生物が緑色細胞の影響で巨大化したもの。2、いくつかの生物がプラスチックを中心に合体した集合体のようなもの。3、いわゆるデザインされた映画に出てくる怪獣のようなもの。

「1番目と2番目はモンデール博士の研究で次第にメカニズムが解明されてきた。だが3番目は全く分からない。怪獣映画に出てくるような怪物が自然界に存在していることそのものが訳分からない。ジャガーワームなどは、猛獣のような牙ではなく、人間のような歯をしているし、この間の最後に出た巨大コウモリに至っては、他の大きなコウモリたちと姿かたちが大きく異なり、口が裂けていて悪魔のような顔をしている。ところがその謎を解くカギになりそうなあるものを、ついこの間僕はネットで発見したんだ。何だと思う、それが意外なことにマグナスに関係のあるものなんだ」

「え、そんなもの俺知らないよ」

その時、マグナスには、本当に全く分からなかった。するとアレックスは研究室のノートパソコンにインターネットをつないである画面を呼び出した。

「ほら、これだよ。さっき言ったやつだよ」

「そりゃあ憶えはあるよ。だって俺が作ったゲームだもの」

画面にはあの〝怪獣ハート〟のタイトル画面、ずらりと並んだ怪獣の顔が表示された。

すると画面を見ていたアヤコが、突然しゃべりだした。

「私の生みの親のアヤコはこのゲームのことを良く知っていたみたいですが、私が実際に画面を見るのは初めてなんです…、でもアレックスさんの言っていることはよくわかります。単なる偶然でここまでイラストと現実が似ることはないと思います」

「優秀なアンドロイドにそう言ってもらえると自分の説に自信が出るよ」

狛犬のような顔、人間のような歯を持つシンバワームはジャガーワームそっくり。あの悪魔のような巨大コウモリそっくりの怪獣もいる、サタンバットと言う名前だ。そして驚くことに、あの狂暴な七面鳥やハナカマキリの怪獣もいた。ティラノタキスとドリアードマンティスだ。もう、こうなってくると偶然とはとても言えない。あの大イノシシや大きなシデムシに似ている怪獣さえいる。

「単なるイメージだけで作り出されたパソコン上のキャラクターが現実に暴れまわっているなんてどうにもこうにもつながりようがない。でも何か少しばかりは関係があるのかもしれない。そこでマグナス、お前のほかにこのゲームの制作に深くかかわっているクリエーターを教えてくれないかい、どこかに突破口がないかもう少し調べてみたいのさ」

「そうだねえ…実際にこのイラストを描いてくれたのはあの有名なイラストレーターのユリアンエミール、それから巨大缶やリアル感を出すためにプログラムをバージョンアップしてくれたのはネットでは有名なゲーマーのメロリアドミニクってとこかな」

「ええっと、ユリアンエミールに、メロリアドミニクね、ありがとう」

アレックスはさっとスマホにメモするとマリアンヌからもらった極上のミルクチョコをばくっと食べて、コーヒーで流し込んだ。

「うーん、うまい!」

ほほ笑むマリアンヌ。そして次の日、みんなは再びチームを組んで怪獣ハンティングに出かけたのだった。

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