10 魔王

ジャックは確信した。この斜面に空いた大きな穴の中に、奴はいる。ドローンのモーションセンサーの最終データとも一致した。

「…まずは真正面からヘカトンケイルで攻めるか…」

ジャックは見通しのいい正面の位置に陣取り、大口径のライフル銃をかまえた。

「あの穴から顔を突き出したところで終わりにしてやる」

なかなか奴の動きはない。だがアンドロイドの体となったこの男には待つことは何でもなかった。

やがて少しすると穴の奥から物音が聞こえてくる。小枝の折れる音、太い鼻息、間違いない、奴だ、トリガーに指がかかる。やがて音が近づき5mの大イノシシがその巨大な顔をのぞかせる。なんだろう、額や頬など、顔のあちこちに大きなコブが盛り上がり、鎧を付けたような凄い面構えをしている。ジャックはチャンスを逃さずヘカトンケイルの照準を合わせるとすぐにトリガーを引いた。

ガガーン!

…仕留めたか?…手ごたえはあったのだが、大イノシシはまったく動ぜず、それどころかこちら目指して猛り狂ったように一直線に走りだした。

「ぶおおおう、ぶぁおおおおお!」

「なぜ倒れん、なぜだ、急所をはずしたか、それともこの銃では限界か」

もうあと7mほどに近づいた時に、もう1発、さらにもう1発撃ち込んだ。間違いなく当たった、でも倒れない。

「こいつには効かんのか!」

そしてそのまま大イノシシは止まることなくなんとジャックに巨大な牙を突き立てて激突してきたのだ。

バォオオオオオーン!

ジャックも避けようとしたがとても間に合わなかった。だが大イノシシはそのまま突っ込み、ジャックは牙で突き上げられ、宙を舞った。

ジャックはそのまま落下した。大イノシシは速度を落とし、よろよろと歩き出した。だが少ししてジャックは起き上がった。

「うう、俺が人間なら即死かな…。危なかった」

左足の具合が少しおかしい、ぶつかったショックでどこか異常がでたか。そのとき遠くのジュリアスカーツから緊急通信が入る。

「こちら本部だ。どうしたジャック、今そちらから送られてくる映像データが4秒ほど途切れていたようだ」

「いえ、今大イノシシと接触事故があって…」

そのときドドーンと大地を揺るがして大イノシシが倒れこんだ。弾丸は届いていたのだ。

「接触事故って、平気かジャック」

「はい、平気です。いま大イノシシを仕留めたところです」

「そうか、もどって精密検査をした方がいいな」

「はい。仕留めた証拠写真を撮影後、一度本隊に合流します」

ジャックも今回は素直に言うことを聞いた。今回のダメージは小さくなさそうだ、獲物はそれほどの大物だった。その頃マグナスたちにも危機が訪れていた。

ポイントポイントごとに監視カメラを取り付けて移動するアンドロイドのジムとピグが今度は事件に巻き込まれた。この蟲だらけの森で5つ目の監視カメラを取り付けていた時だった。方から上がドローンに代わり、頭と両腕が空を飛んで作業するのがジムの得意技なのだが、アニマルロボットのピグから超小型監視カメラを受け取って、そのままドローン部分が飛び上がり、枝や岩壁にワイヤーや接着剤で取り付けるのだが、飛び上がったその時、黒い大きなコウモリのような怪物に空中で捕まってしまったのだ。

「うわああ、やめてください、離してください、ああ!」

コウモリのような怪物は翼を広げると3m以上ある、けっこうでかい。もともとこの南の島でよく見かける狐のような顔をして果実を食べるフルーツバットとは全く違う。真っ黒な顔に目はなく、大きな耳が複雑な形に別れていてまるで黒薔薇の花のようだ。これは昆虫を食べるコウモリの巨大化したものなのだろう。後ろ足が人間の腕のように細長くけっこう力も強く、それで暴れるジグをしっかり掴んでいるのだ。

「うおお、どこに連れていくのですか?早く、離してください」

そしてコウモリは、暴れるジグをつかんだまま森の奥へと飛んでいった。

「た、大変だ、あのニードルボンドガンを持って助けに行ってくるよ」

マグナスが車を降りようとするとアヤコが止めた。

「社長、この森は危険です。私にお任せください。アクティブスーツのまだ出していない能力で何とかなると思います」

そう言ってアヤコはコウモリの森へ駆け出していった。すると誰かがアヤコに近づいてくる。

「ジムの地上に残した胸から下のパーツね、私を案内してくれるの?」

ジムの下半分のパーツが自分で歩いて、アヤコを案内してくれる。森の奥に走っていく、すると今度は上の方から声がする。

「ここです、木の上です。助けてください。さっき2回ほどかじられました。奴は私をコガネムシかなんかと勘違いしているようです」

なんとジムは木の幹と枝の分かれ目、木と枝の隙間に押し込まれているではないか?

「今すぐ助けるわ。ちょっと待ってね」

そう言ってアヤコは、リュックの背面に着いた丸いシールドを再び出した。そして高く掲げると、シールドはそのまま飛び上がりジムのところへと飛んでいった、そう、ドローン機能があるのだ。

「今落としてあげるから、ちゃんと自分で飛ぶのよ」

するとシールドドローンは1回、2回と斜め下から突き上げるようにジムにぶつかっていったが、そこでなんとあのコウモリが出てきて今度はシールドドローンまで捕まえようとしはじめたのだ。

「とんでもないわ。こうなったら回転カッターモード!」

アヤコが声をかけるとシールドドローンの周囲から鋭い歯がジャキーンと飛び出し、高速で回転を始めたではないか。

「…行け、ブレードアタック!!」

ウィイーーン!回転カッターは容赦なくコウモリに襲い掛かる。

「キイイイ、キイイイイ」

牙と足の爪で反撃するコウモリ、だがブレードアタックの方がどうも強いようだ。コウモリは逃げ出し、早速今度は鋭い歯を引っ込めてもう一度救出作戦だ。1回、2回とまた下から突き上げる。そして3回目にはジムを挟まっていたところから落とし、ジムは脱出に成功だ。ドローン機能でゆっくり降りると、ジムの上のパーツと下のパーツは無事合体した。

「ありがとうございます」

「どういたしまして、ジムにも色々お世話になってるしね。監視カメラの仕事もご苦労さま。巨木の解体も見事だったしね」

アヤコはマグナスのシルバーハウンドに戻り、ジムは、やりかけの監視カメラの取り付けに再チャレンジした。

そんな騒ぎの最中、アレックスはモンデール博士と不法投棄場所から採集した小さなカニとプラスチックごみを調べていた。

「モンデール博士、いかがですか」

「間違いないわ。陸生のカニは季節や成長の過程によって海に住んでいたり、陸地に上がったりします。このカニは水中や浜辺にいたときに緑色細胞を体内に吸収し、やがて海岸近くのこの森で暮らすようになってから森に緑色細胞を持ち込んだのよ。このカニと同じような生き物はほかにもたくさんいて、森の中にプラスチックを分解する細胞が持ち込まれ、あのプラスチックごみの不法投棄場所などで増殖していったと考えられます」

すると今度はアレックスが同時に採集したプラスチックごみのサンプルを取りだした。

「これを見てください。これは不法投棄されていた人工芝のごみの一部です。表面を見てください、半分溶けたようになっている。これはプラスチックごみの表面で細胞が増殖し、プラスチックを溶かしているのです。そして問題はここです」

そしてアレックスはごみのサンプルの端を指さした。

「人工芝のここを見てください。同じ高さで芝が食べられているこれはたぶん間違いなくバッタの食べた後です。彼らは雑草を食べるように不法投棄された人工芝を食べたのでしょう。半分分解されたプラスチックは容易に食べることが可能で、しかも食べた後、バッタの腸内にも緑色細胞が送り込まれる。そしてバッタは蜘蛛やコウモリに食べられて彼ら捕食者の体にも緑色細胞が広がって行くのです」

アレックスの言葉を聞いてマグナスはつぶやいた。

「それで色々な生物が巨大に…」

だがその時、森が何かざわついていた。コウモリたちが騒ぎ、バッタが追い立てられるように斜め前方から何匹も飛び始めた。

「な、なんだあいつ。コウモリの仲間みたいだけど…」

なだらかな斜面になっている森の奥から斜面を下って歩いてきたその怪物は今見ていたコウモリに似ているがとんでもなくでかかった。さっきジムをいたずらしていたコウモリは羽を開くと3mはあったが、体長は1mほどしかなかった。だが今歩いてきたコウモリの怪物は体長が4m近くあり、しかも先ほどのコウモリは枝にぶら下がることしかできないようだったが、この怪物はほっそりしているが足が長く、しかもちゃんと地面を歩いているのだ。

「この森で目撃された鳥のような怪物とはこいつに違いない。ううぬ、このオックスの攻撃で仕留めてやる」

ダダダダダダダ!

オートマシンガンが火を噴く、だが、さっとそいつは木の後ろの茂みに隠れやり過ごす。

「くそ、茂みから追い出してやる」

サミュエルゴードンはすぐに手りゅう弾を撃ち出す、大きな爆発音が響き、他のコウモリたちも大きくざわめく。だが怪物は慎重に茂みの中を移動し、飛び出しては来ない。

「これならどうだ」

2発目、3発目の手りゅう弾が森の中で爆発する。多くのコウモリが飛び立ち、森の中は騒然とする。さすがの怪物が飛び出してくる。だがその表情は怒りに満ちているようだ。

「よし、じゃあ、マシンガンをプレゼントだ」

だが、またオックスのマシンガンが炸裂したとき、その怪物は、突然装甲車オックスに向かって黒い液体を吐いた。

「うわああああ、なんだこれは…!」

液体の正体は強い酸のようだったが、オックスはまったく溶けたり動作異常を起こすことはなかった。だが、少なくともオックスの八方向に付けられた監視カメラは黒い液体によってすべて見えなくなり、攻撃は続けられなくなった。思わぬ自動運転車の弱点をつかれた形となった。

「畜生、怪物め」

サミュエルゴードンはタオルを持って外に飛び出した。そして怪物の目の前でオックスのボディを拭き始めたのである。

「キイイイイイ、キイイイイ!」

怪物はそれを待っていたように自動車に近づき、サミュエルゴードンに左足の鋭い爪で一撃を加えた。

「グオオオオ!」

普通の人間なら即死だったろう。だがサミュエルゴードンは引き裂かれた服のまま立ち上がり、黒い液体がおおよそ拭き取られたのを確認し、オックスに乗り込んだ。

「くそ、怪物め、今度こそとどめを指してやる。うわ、ロケット弾がまだ狙いをしぼれない」

だがサミュエルゴードンが、オックスで攻撃しようとしたときには、怪物は目の前から姿を消していた。

「おのれ、どこへ行った?」

だがコウモリの怪物は、わずかの間にスルスルと木を登り、すでに20m以上ある大木のてっぺに登っていた。そしてゆっくりと翼を広げると斜面を吹き上げる風に乗って翼はあっという間に大きく膨らみ、その大きな体はフワフワと舞い上がり始めていた。

空にゆっくりと舞い上がった怪物は、翼を広げると12m以上あった。そして巨大なコウモリは、羽ばたきながら上昇気流にのってスピードを上げていく。

「くっそー!」

空に飛んでいった怪物めがけて戦車砲をぶちかますサミュエルゴードンだったが、もう後の祭りだった。怪物は魔王のような黒い影を翻し視界から消え去っていった。

結局今回の怪物駆除はこれで終わりになり、ジャックもサミュエルゴードンもすぐにエンジニアのバーグマンに見てもらい、本格的な修理が必要だと宣告された。特にジャックは左足を全交換する必要があるそうだ。あとはバーグマンの車が島内の行っていない地点ををぐるりと回り、残りの監視カメラを急いでつけて回った。

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