6 緑色細胞の謎

森は静まり返っていた。なぜだろう、鳥の声虫の声さえしない。

「15分ほどで目的の洞窟に着きます」

アヤコの説明にみんなただ黙々と歩いていく。するとモンデール博士が話し出す。

「先ほどのマグナスさんのご質問ですが…実は緑色細胞を作ったのは私の夫、ジェラルドモンデールなんです。そしてその緑色細胞が怪物誕生の原因になっている可能性が高いのです…」

「そんな、まさかそんなことが…、ご主人は一体何が目的でその細胞を作ろうと…」

するとアガサモンデール博士は苦しい胸の内を打ち明けた。

「ある日、主人から連絡が入ったんです。僕は世界中の環境問題を解決する凄い発見をしてしまった。もうすぐ君を喜ばすことができると思うんだ、と」

「世界中の環境問題を解決するってどういうこと何ですか?」

するとアガサモンデール博士は静かに答えた。

「私も最初は信じられませんでした。でも夫は、ジェラルドモンデールは発見してしまったのです。プラスチックごみをもとの石油成分に分解してしまうバクテリアを…、しかも石油製品を餌にどんどん増殖する生物の細胞と融合させ、さらに効率よくプラスチックを分解する細胞を作り上げて、次の段階に進むところまで研究は出来上がっていたのです」

「すばらしい発見じゃないですか、それがなぜこんなことに…」

「はっきりはわかりません、でも1つだけ確かなことは、共同研究者の間から秘密が漏れ、その発明を手に入れようとこの世界の裏の巨大な組織が動き出したのです」

「巨大な組織…?」

「今から1年前研究施設を使わせてくれた大恩人、マキシマ博士の入り江の研究所が秘密組織の特殊部隊に襲われ爆発事故が起きてしまいました。ジェラルドは、その時は色々の環境のプラスチックごみを分解できるように、色々の環境の生物の細胞と組み合わせる実験をしていたようでした。最初の爆発事故を地下室で耐え忍び、実験サンプルを持ってヘリコプターで脱出しようと試みました。でも、ヘリコプターは墜落、その場所が海で隔てたすぐ近くのこのデノス島だったのです」

「ヘリコプターが、この島に落ちた?ジェラルド博士は、マキシマ博士はどうなったんですか?」

「たぶん組織につかまって…生きて入るようです。緑色細胞は、プラスチック分解細胞と他の生物の細胞を組み合わせたときに、目印となる緑色の発光色素を植えこんだ細胞です。もとはプラスチック分解細胞だったという証拠なんです。今日見た怪物たちもちょっと調べれば緑色細胞を持っていると考えられます」

「それがなぜ、巨大化し、怪物化したんですか?」

「詳しくはわかりません。でも開発段階で、夫は、ジェラルドは、緑色細胞を最強の細胞、再生能力の高い細胞にすると言っていました。それが、何らかの原因で暴走したのかもしれません」

やがて石灰岩がむき出しになった大きな崖が見えてきた。この崖に西の森の洞窟があるのだという。それにしても、この森の静けさは何だろう。うすら寒くさえ感じる。

あ、あった。石灰岩が雨水によって削られた鍾乳洞だ。入り口のあたりは崩れたのか広くなっている。洞窟の奥に向かって、モンデール博士が呼びかける。

「みなさん、モンデールです、助けに参りました。みなさん、もう平気です、一緒に帰りましょう」

すると、わあっという歓声とともに多くの行方不明者が飛び出してきた。

「もう大丈夫です。森の入り口に自動車がつけてあります。そこまで行けばすぐに船に帰れますよ…あれ、ガイドのカルロスの姿が見えないわね…」

すると1人の年配のツァー客がつぶやいた。

「わしら足の遅い年配者や子供たちを守るために命懸けで…」

なんと護身用の拳銃をぶっ放しながら、鳥の化け物に向かっていき、そのまま銃撃戦になり、それっきり帰ってこなかったという。

「…カルロス…。」

「みんな疲れ切っています…、急いで帰りましょう」

またいつなん時、怪物があらわれるかもわからない、みんな洞窟を離れてだんだん足が速くなる。

だが崖を離れようとしたとき、崖の影から妙な影が近づいてきた。人間より少しだけ背が高そうだ。全員が身構える。

「いいえ、社長、どうやら警戒しなくてよさそうです…」

アヤコの言葉にいぶかしがる一行。だが岩陰から全身を現したそれは、背は高いが、全身フワフワのひよこだった。しかもかわいい声でピヨピヨと泣き、よく見れば、体を寄せ合い3羽いる。

「かわいいが、今かまっている暇はない。帰り道を急ごう」

マグナスは歩き出した。他のみんなも我先にと進み始める。気が付くと、さっき通ってこなかったまっすぐな道を歩いていた。

「帰り道も物音ひとつしない。この森はどうなっているんだ」

森の中ほどまで来ると、すらっとした木に交じって白と紫の大きな花が咲いている見事な枝がある。しかもなん十個も大輪の花を咲かせ、とてもいい香りがしてくる。

すると、花の香りに誘われたのか、いつのまにかピヨピヨとひよこの1羽が先頭に立って歩き出した。その時だった

「シャッー、ドガ!ピヨピヨ、ピピピピー!」

「なんだなんだ?今の音は?」

「キャー!!」

1人のツァー客が異変に気付いた。

「どうした、何があったんだ」

マグナスも最初は何かわからなかった。

「危ない、早くここを走り抜けるんだ!」

モンデール博士の横にいたあの思慮深そうな男が叫んだ。上から何かが大量にふわふわと落ちてきた。

「なんだこれは…羽毛?」

雪のよううに降り注ぐのはフワフワの黄色い羽毛…。

「ヒイイイイイイイイイイイイ!」

何と暗い森の中を見上げると、そこに立っていたのは5mはある巨大なハナカマキリ。白と紫の美しい花を咲かせる樹木に擬態し、香りで獲物を呼んで1撃のチャンスをうかがっていたのだ。その巨大な殺気が森の静けさを作っていたのだ。先頭に立って浮かれていたあのヒヨコが巨大な鎌につかまりぐったりとぶら下がっていた。

ひよこは羽毛をまき散らしながらそれでも最後にピィーッと大きく鳴くとそれきり動かなくなった。あのヒヨコが飛び出さなかったら自分が襲われていたかもしれない、マグナスは肝を冷やした。だがその時アヤコが全員に向けて叫んだ。

「ものすごい巨大な足音が猛スピードでこちらに向かってきます。皆さんが言っていた鳥の化け物だと推測されます。急いで!急いでこの森から離れてください」

皆が急いで森の入り口に駆け出すと、洞窟側から、何か巨大なものが枝をバキバキ折ながら突っ込んできた。

「で、でかい。これは七面鳥の怪物だ」

生物に詳しいアレックスが驚いて叫んだ。

興奮して真っ赤になった大きな頭から、トサカのような肉会がいくつもぶら下がりそれが大きく震えて凄い形相だ。先が大きく曲がった50cmはある巨大なくちばしから、炎のような真っ赤な舌が突き出す。あのヒヨコはこの七面鳥の怪物のひよこだったのだ。身長が5mもあるハナカマキリの怪物も凄いが、くちばしの先から尾羽の先まで10mもあろうかと言う七面鳥の怪物は、まさにティラノサウルス並みの巨体だ。ハナカマキリも伸ばすと3mにもなる鎌を振り回し反撃するのだが、七面鳥がその頑丈な翼を広げるだけですべてはじき返され、巨大なくちばしや爪で一方的に攻撃されている。襲い掛かる恐竜のような七面鳥、逃げ回り、防戦一方のハナカマキリ。まずい、このままでは戦いに巻き込まれてしまう。

「うおおおお、木に押しつぶされる!」

斜めから木が倒れてくる。避けようにも目の前では巨大な七面鳥の鋭い脚の爪が空を引き裂く。

「大丈夫です。前にお進みください」

アヤコだった。倒れてくる木を片手で支え、自分の体を盾にしてマグナスの逃げ道をしっかり確保する。

「グアア、グアア、ギャオオオウン」

アヤコのおかげで、マグナスたちはかろうじて森の入り口に行きつく。すぐに自動車に飛び乗り、森を後にする。

ツァー客たちは港からポーラディスカバリー号へと息も絶え絶えに帰っていった。奇跡的にツァー客の犠牲者は出なかったが、ガイドのカルロスはもう戻ってこない…。

マグナスたちは水上タクシーでエイラス島に引き返すと、とりあえずリリエンタールロッジに戻って来た。

「アヤコ、ちょっと」

マグナスはアヤコを呼んで、今日着ていたかわいいワンピースが肩から背中にかけて大きく破れてしまったのを教えてあげた。恋人時代のマグナスが初めて誕生日にプレゼントしたかわいいワンピースだった。体を盾にして機を支えていた時、あの恐ろしい七面鳥の脚の爪で切り裂かれたのだ。

「平気かい、体に異常はないかい?」

「はい、何も異常はありません」

アヤコが生身だったらとんでもない大けがをしていただろう。アヤコのあの捨て身の活躍がマグナスの命を救ったのだが、大鐘は大きかった。かわいらしいワンピースは、生前の2人の思い出は、無残に引き裂かれ、もう着られる状態ではなかった。

「誕生日プレゼントを破ってしまって…」

「いいんだ、君が無事なのが一番だよ…」

「…いいえ、ごめんなさい…」

アヤコは謝罪を言ってメンテナンスボックスへと向かった。

そのあと、マグナスは今回も悩んだが、島のあちこちに現れた怪物たちのことをゴールドマン知事に報告した。もちろんアヤコのメモリーからの暗号画像も一緒に送った。ゴールドマン知事はデノス島周辺を一時封鎖し、軍に調査と駆逐を依頼した。だが、なぜかネットのニュースには、今度は環境汚染で生物が一部巨大化かという短い記事が流れただけだった。もちろんジャガーワームや巨大なシチメンチョウなどの画像は流されることもなく、事件は何者かの力でうやむやにされてしまったようだった。

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