5 怪獣島
デノス島の船着き場に着き、2台の車は上陸した。この島は今までいたエイラス島と同じくらいの大きさなのだが、大きな川がありマングローブも発達している。汽水を中心に生息する大型のイリエワニや山猫の仲間も生息している、危険なジャングルでもある。東側になだらかな山地があり、西側は大きな川と湿地が広がっている。島を一周する周回道路もきれいに整備されている。本当は観光客で賑わう季節のはずだが、今はただ、ひっそり静まり返っている。
「博士はここから西へ自動車で5分ほど移動したビーチで待っています」
マグナスはアヤコの指示に従い海岸沿いの道を飛ばしていった。
「山とジャングルばっかりのエイラスと比べると、島の西側は道も平らだし舗装されてるし、こっちの島は走っていて爽やかだな」
ヤシの並木道が続く南の島の海岸通りはたまらなくエキゾチックだ。助手席にいるアヤコの方を見ると潮風に吹かれてほほ笑んでいる。
「約束の海岸が近づいてきました。次のカーブで左に曲がってください」
2台の車は減速し、ゆっくりと左に曲がっていく。ヤシの葉影から真っ白なビーチが見えてくる。
「あそこです。調査隊がいるようです」
モンデール博士と思われる30代半ばの美貌の女性を中心に人だかりができている。マグナスはビーチの前で車を止めると、早速声をかけた。
「モンデール博士、お手伝いに来ましたアンドロイド開発のマグナスです」
「ああ、マグナスさん、驚くようなことばかりで…」
どうしたのだろう、1人の隊員がスマホをみんなに見せて何か言っている。どうしたのかと聞いてみると博士が応えた。
「今、あなた方が到着するほんの1~2分前、5mほどもある、ナメクジに似た怪物が岩陰から現れて海に消えていったのです。そこの隊員が偶然スマホに撮ってくれたんですよ。信じられないでしょうけど、私たちは大騒ぎになってしまって」
なるほど、ナメクジに長い首とたくさんの脚をはやしたような怪物の映像が隊員のスマホにあった。そして波打ち際に深くめり込んだ幾何学模様の足跡もくっきり残っていた。アヒルのようなにやけた口元とおどけた丸い目が特徴のピエロを思わせる怪物であった。
「私たちもエイラス島で怪物の映像を見てきたばかりです。ナメクジではなく、こちらはジャガーのような怪物でしたけど…」
モンデール博士とマグナスが話していると、突然大きな声で割り込む隊員がいた。
「博士、博士、行方不明になっていたツァー客の一部の行き先がわかりました。今、怪物に追われ、西の森のそばの洞窟で救助を待っている。我々は女子供を含め7名いると連絡が入りました」
「わかりました、すぐに車を出しましょう」
「12名中7名ですって?他の人たちはどうなったの?上陸班に何があったの?」
モンデール博士があわてた。
「とにかくまず7名から助けるしかないわ、車に乗れるかしら」
するとメカニックのバーグマンが応えた。
「俺のモビルファクトリーは、詰め込めば10名くらいはなんとかなる。さあ、出発だ」
マグナスとアヤコの車にモンデール博士ともう1人ジュリアスカーツと言う思慮深そうな隊員を乗せ、モビルファクトリーにはアレックスとバーグマンが乗って出発した。
「アヤコ、西の森って遠いのかな…?」
マグナスが聞くと、アヤコはきっぱりと答えた。
「この先を右に曲がって内陸の方向へ7、8分進むとすぐですよ」
「ありがとうアヤコ…、あれ、なんだこりゃ!」
なんとヤシの並木が並ぶ海岸沿いの道の真ん中に、3mはありそうな巨岩が転がっているではないか。
車を減速して近づいてみる。
「なんでこんなものが、こんなところに…。」
見れば見るほどにでかい、とりあえずは避けて通るしかないか…。だがその時、アヤコがおかしなことを言い出した。
「危険です、これ以上近づいてはいけません」
一体なんだというのだろうか、爆発でもするというのか?
だがその時、モンデール博士の隣にいた思慮深そうな隊員ジュリアスカーツが動いた。すっと車を降りると巨岩にさっと近づきその表面を手のひらでさわったのだ。そして手のひらから気を送る様にぐっと力を入れた。危険はないのか、こいつは一体何者なんだ。
「信じがたいことですが、この岩は生きています。危険です」
そして急いで巨岩から離れた。
「うおおおお、な、なんてこった」
巨岩が動き出した…と思ったら、次の瞬間、巨大なハサミや脚が付きだしてきて、それは信じられない大きさのカニであることが分かった。巨ガニは1m近くあるハサミを高くかかげ、足をぐっと踏ん張ると、体を高く起こして歩きだした。
マグナスは巨ガニが遠く離れるまで見届けると、再び自動車を走らせた。
「なんて化け物だ。気が付かずに近づいていたらどうなったことか。さっきのナメクジの怪物と言い、この島は一体…」
するとそのタイミングで、美貌のモンデール博士がしゃべり始めた。
「私がこの島に来たわけは、異常に増殖した緑色細胞を調査するためです」
「なんですか緑色細胞って?この島の怪物と何か関係があるのですか?」
だがその唐突な質問に、モンデール博士は返事を返すことができず唇をかんだままだまってしまった。
やがて自動車は、右にハンドルを切ると、森の広がる内陸部へと向かって走っていく。さらに助手席に座っているアヤコがまた何かに気付いた。
「マグナス社長、道のわきで3人が手を振っています。ケガをしている者もいます、行方不明者でしょうか?」
「きっとそうだ、急ぐぞ」
間違いなかった。行方不明者たちは同じ船に乗っていたモンデール博士らの姿を確認すると、すがるように自動車に近づいてきた。
「博士、助けに来てくださったんですね」
「見つかってよかった…!一体何があったの、他の人は一体どこにいるの?」
「…それが、羽の生えた、恐竜のような怪物に突然襲われて、みんな散り散りに逃げだして気が付くとバラバラになっていて…」
なんでも体長が10mはある、鳥か恐竜のような怪物が突然襲ってきたのだという。そしてそいつはかなり凶暴で、奇声を発しながら突進して来たかと思うと、、巨大なくちばしで切り裂き飲み込む、恐竜のような太い脚の鋭い爪でつかみかかる、羽についた鋭い爪で突き刺すなど散々に暴れ回った。みんな命からがら逃げて、やっと道路までやってきたのだという。
「残りの人は森の奥へと逃げていきました」
それにしても10mとは、大きすぎて想像が付かない。とりあえず3人をバーグマンの車に乗せ、西の森へ急ぐ。道路が大きくカーブする手前で車を止め身支度をして車を降りる。海岸のナメクジの化け物と言い、海岸通りの巨ガニと言い、並外れた怪物ばかりだったし、この森に出たという鳥の怪物は本当に恐ろしい奴と言うことで、もう、車を降りるのにも相当の覚悟がいる。
そこからは森の中に続く小道になっていて、最初からまっすぐに進む道と右に大きく迂回する道に分かれている。
「その西の森の洞窟に行くのにはどっちをいけばいいのかな?」
マグナスが進み出る、後ろからアヤコ、そしてモンデール博士たちが続き、バーグマンたちが後ろを守る感じだ。
「洞窟に行くにはGPSデータから見るとまっすぐに行った方が近そうですね。どうします?」
アヤコのアドバイスでまっすぐの道を選ぼうとしたとき、5mほど離れた木陰に何か妖しい影を感じた。何だろうと見てみると人間と同じくらいの背の高さの大きな蜂だった。
「…蜂?なんてでかいんだ」
大きな複眼、繊細な触覚、足は人間のようにまっすぐ下に伸びている。さらに怪獣ハートの登場キャラクターの1つ、ダクトモーフィスのように体のあちこちにダクトのような細長い突起が付いている。そしてなにより、人間のような高い知性を感じさせた。その巨大な蜂が一瞬こちらを見た。視線が合ったその時、マグナスは底知れぬ恐怖に襲われ、足が凍り付いた。だが、一瞬羽音が聞こえたかと思うと、もう次の瞬間には姿がなかった。幻だったのか…。
「やっぱりまっすぐの道はやめよう…」
マグナスは大きく右に迂回し、西の森の洞窟へと進んでいった。この選択が、マグナスの運命を大きく変えていく。
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