4 バイオラジオ
次の朝、リリエンタールロッジでマグナスは、どこからともなく漂ってくる焼きたてのパンの香ばしい香りで目を覚ました。
「そうか、今日は平日だから特別な朝食があると言ってたな」
やがて村の女たちがアツアツのパンや料理をコテージに配って回る。このロッジの平日の朝のアルバイトは、村の女たちの間では、最近のよい副収入となっているらしい。
「卵焼きとウインナーとハムステーキです。パンはバケットとクロワッサン、フワフワ食パンの中から選べますよ。あとこっちはツナサラダとフレッシュオレンジジュース、この村でとれたコーヒーや紅茶もございます」
朝からシェフアンドロイドのテクポカは、目いっぱい動き回っているようだ。
「やあ、おはようマリアンヌ。おすすめはなんかあるかい?」
小屋にやって来たマリアンヌにマグナスはたずねてみた。
「卵は朝、産み立ですからきっとおいしいですよ。あと、パンはまだどれもアツアツです。それからツナサラダのドレッシングは、テクポカさんに教えてもらって私が調合して作ったんですよ。あ、そうだ、一番のおすすめはコーヒーですね。この村で取れた豆をアレックスさんがおいしいコーヒーに仕上げたんですから」
「ありがとう、お、本当にこの卵料理フワトロでおいしい!コーヒーもうまい。これ本当にこの島で取れたの?アレックスはすごいなあ」
本当にどれも焼きたて作りたてでめちゃうまかった。
そういえば彼女の父親やや姉も事件に巻き込まれて行方不明だと言っていた。あの怪物に襲われたのかと聞いてみた。
「たぶん違います。そっちの山の向こうに海に下っていく道があって、入り江に博士のいる研究所があったんです。父や姉はそこで手伝いをしていたんですが、爆発事故があって…」
するとメンテナンスボックスから出て洋服も着替えたアヤコが、突然進み出た。
「入り江の研究所?おかしいですね、現在のこの島の地図にはそんな場所はなかったはずですが…。ちょっと待ってください、色々手を尽くして調べてみます」
マリアンヌはうそを言うような子ではない、アヤコは知事室のデータバンクから衛星写真の拡大まで行って色々調べていた。
「おおよそ分かりました。入り江の奥のパラソスという村に有名なマキシマ博士の研究所があったのですが、約1年数か月前に謎の爆発事故があり、今ではそのまま廃墟になって使われていないようです。しかし研究所があった事実が、地図の上からも公式な記録からも抹消されているなんてかなりおかしいですね」
マキシマ博士と言えば、マグナスの恩師の1人でもある高名な遺伝子工学の権威だ。まさかこの島で研究をしているとは知らなかった。
「マキシマ博士は、最近ではバイオラジオの研究をしていてそれなりに成果もあげていた、でも事件の前にジェラルドモンデールと言う学者と組んで、世紀の発見をしたらしいとゴールドマン知事の備忘録にはありますね…。ただ、その研究の内容に関しては極秘扱いで知事もご存じなかったようです」
バイオラジオならマグナスも昔聞いたことがあった。生命の神経細胞には電気信号が流れ、生物はそれを使って、モノを感じたり筋肉を動かしたりしている。また、電気信号を電波に置き換えることはたやすく、電波は空間を光速で飛び、離れたところに音やデータを伝える。
そこで博士はその当時、遺伝子工学を巧みに使い、電波を電気に変換する細胞を作ることに挑戦していた。将来、電波を送受信できる生物を作り、またはその細胞を生物に組み込み、画像イメージや音楽を送って、新しい人間と生物の絆を作ろうとする試みだと言っていた。それがもう、成功したというのだろうか。爆発事故があったと聞いたが、マキシマ博士は無事なのだろうか?
するとアヤコがまたしゃべりだした。
「ジェラルドモンデールはそのあとの爆発事故で行方不明になってしまいましたが、ちょっと待ってください、ジェラルドの妻アガサモンデールも著名な学者で彼女は捕まるかもしれません。ええっと、彼女はある調査のためにこのエイラス島の近くに今来ているようです。今なら彼女とコンタクトをとることは難しくないかもしれません…。予定にはありませんが、いかがいたしましょう」
マグナスは親友のアレックスの方をちらっと見た。
「わかったよ、行くというなら行ってきな。こっちの用事は片付いちまったしな、そのかわり俺も一緒に行くぞ。入り江の爆発事件も5か月前の大きな謎だしな」
「よし、早速出発だ。アヤコ、手配を頼む」
「かしこまりました、お任せください」
アヤコのリサーチで、突然ジェラルドモンデールの妻、アガサモンデールに会いに行くことになったマグナスたち。おととい乗ってきた電気自動車とメカニックのバーグマンが乗ってきたモビルファクトリーに分乗し、海辺の町パラソスを目指して走り出した。
険しい山道を越えてジャングルをかき分け、ゆったりした下り坂に入るとあたりの景色は急に開け、やがて青い海といくつかの大小の島が見えてくる。
「こりゃあまた絶景だなあ」
思わずマグナスがため息をつくと、アヤコがまた何かしゃべろうとしている。
「ほらみて、あっち、沖の方…」
今度は何を言い出すのだろう。
「ほら、沖に停まっている大きな船、黒い帆みたいなのが付いていてかっこいいよ」
そうきたか、そういわれれば黒い帆がかっこいい変わった船だ。するとその船をジーッと見て、アレックスが一言言った。
「へえ、珍しいな自動開閉の太陽光パネルの帆を持つネイチャーガイド専門の船、ポーラディスカバリーだ。最大200人ほど乗れるクルーザー船なんだが、設備は最新で、いつもは南極ツァーやガラパゴスツァーに行くような船なんだ。俺もアイスランドの熔岩をあの船で見に行ったことがある。この辺の島はサンゴ礁が見事だし、珍しい動植物もいるし、それを見に来たんだろうね」
なるほどそれですマートな黒い帆を持っているのか、かっこいいはずだ。この南国の海に浮かぶ夢のような冒険船の中で、しかし恐ろしい事件は、確実に起きようとしていたのだ…。
「何だって、上陸班のメンバーが時間になっても帰ってこない?」
「はい、それどころかガイドリーダーのカルロスとも全く連絡の取れない状態です」
「他の班はどうなんだ」
「はい、それがサンゴ礁観察シュノーケル班は全員無事で帰ってきましたが、シュノーケル班のメンバーは帰りに海岸のそばで奇妙な怪物に遭遇したそうです」
「何?怪物?仕方ない、調査班のモンデール博士は今どこにいる」
「はい、今海岸で緑色細胞のサンプルを集めています」
「モンデール博士に協力を依頼するしかない、急げ」
「はい、急いで連絡を取ってみます」
白い長い浜辺には、たくさんの海洋ごみとその周囲に緑色の小さな肉塊が打ち上げられていた。30代半ばの美しい科学者が、たくさんの研究者を引き連れ海岸を調査していた。
「この辺は特に緑色細胞が多そうね。やはり漂着ごみのプラスチックに反応しているようだわ」
その時、その美麗な科学者のポケットで携帯が派手な音でなりだす。
「もしもし誰かしら、緊急特別回線を使ってくるなんて…」
だが携帯をとった博士の美しい顔がゆがむ…。
その頃、パラソスの岸辺では、マグナスたちが到着し、車から降りて相談を始める。
「正面の起伏のなだらかな大きな島が調査隊のいるデノス島です」
「そのデノス島の、浜辺にいるという調査隊に会いに行くにはここからどうやって行くんだい、バーグマンの車もできたら持っていけると楽なんだが…」
するとアレックスが浜辺の奥にある漁港を指さす。
「水上タクシーを使うさ、乗用車なら3台は積めるぞ。いや何、観光客の多いここでは漁船を改造して作った小型フェリーが普通なんだよ。それこそ目の前の島に渡るなら格安で船を出してくれるさ」
そう言ってアレックスが漁港へと歩き出す。すぐにアレックスに声をかける漁民たちがいる。彼の評判はすこぶるいいようだ。
「それではアガサモンデール博士と最終アポイントメントを取ってみます。少々お待ちください」
アヤコは通話モードとなり、マグナスの目を見ながら動きを止める。
「あ、もしもし、朝電話しましたマグナスの秘書ですが、…、え、今それどころじゃない?」
何か予定外のことが起きたようだ。だがアヤコもすぐに諦めはしない。
「それは大変お困りでしょう、すぐそばまで来ているので、よければ何かお力になれれば…。え、こちらはアンドロイドの専用車両が2台、水上タクシーでかけつけますが」
するとアヤコの機転に早速向こうが反応してきたようだ。
「マグナス社長、今アガサ博士は行方不明になった船のツァー客12名を捜すことになり、人手も欲しいし、自動車も欲しいと言っています。協力しますか」
「もちろんだ、困ったときはお互い様、強力は惜しまないと言ってくれ」
「かしこまりました」
そしてマグナスたちは、急遽行方不明の乗客の救助隊の一翼を担い、水上タクシーに車ごと乗りこみ、目の前のデノス島に渡ることとなった。
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