第5話

 高速で距離を詰めて刀を振るう。これだけで、大抵のモンスターを倒してきた……それこそ悪魔の巣窟に出てくるアークデーモンみたいな奴も。でも、俺の目の前に立っている怪物はそんな簡単な技だけで倒せるレベルじゃない。


「むぅ……速いですね」

「……なんで斬れないんだよ」


 俺が使っている刀は、確かに業物ではない。ダンジョン庁から貰ってもいいと言われた刀には銘など無く、どちらかと言えばなまくらだろう。それでも、魔力で強化してしまえば鉄板だって簡単に斬れるはずなんだけど……同じく魔力で肉体を強化しているヨースケさんの肉体には掠り傷をつけることもできない。と言うか、刀で身体を斬りつけてなんで金属音がするんだよ。


:レベルたっか

:ヨースケがここまで苦戦してるの始めて見た

:やばくない?

:オークツリー君ガチのSじゃん

:嘘だと思ってましたすいません

:やばやば


「このままでは互いに決め手がありませんね」

「いや、貴方はまだ攻撃してないですよね?」

「速すぎて当たる気がしませんから!」


 はっきりと言うな。

 だが、向こうがまだ俺の速さに対応できていないのだとすれば、まだこちらに勝機はある。普通の斬撃が通らないとはいえ、無限に受け続けて斬れないものはないだろう。つまり、筋肉達磨だろうが手数で押し潰す。

 自分の中にある意識のギアを引き上げて一歩を踏み込む。最初に見せた速度より更に速く、今度はヨースケさんが反応する前に刃を叩き込む。


「むっ!?」

「っ!」


 さっきまでの動きが殆ど見えないのなら、この動きは一切見えないはず。そのまま本気で刀を振るえば今度こそ防御されることなく直撃する!


「ここです!」

「は?」

「ふふ……甘いですねっ!」


 渾身の一撃と確信して振るった刃は左手一本で受け止められた。明らかに目線は俺の速度について来ていなかったのに、何故か俺の振るった刀は簡単に受け止められたのだ。そこで思考に一瞬の空白ができてしまった。ヨースケさんは即座に反撃として拳を叩き込んできた。


「……折れちゃいましたね」


 近づいて来る拳から逃れるために右手に持っていた刀を引いたのに、俺の手元に残っていたのは柄の部分だけ。刃の部分は握り込まれてバキバキに折れてしまった。どんな握力してんだよ……意味が分からん。


:あー勝負あったな

:筋肉の勝ち

:筋肉は勝つ

:やはり筋肉は正義

:筋肉は全てを解決する

:筋肉最強!筋肉最強!

:視聴者も筋肉教団なのか

:草

:コメント欄も筋肉一色で気持ち悪いわ

:お前も鍛えればいいんやで


「まだ、なにかありますか?」

「……どうでしょう」


 まぁ、刀一本で終わりな訳ないんだけども……それを今からこの筋肉に見せるのはどうだろうか……でも、俺としては隠すものでもない気がする。


「まだなにかありそうですね。いいですよ……どんどん来てください!」


:でも魔法使えないんじゃなかった?

:筋肉は?

:筋肉で戦うんだぞ

:筋肉があればなんでもできるからな

:ヨースケは筋肉とか言いながら魔法も使えるだろうが


 相手は正真正銘のSランク探索者だ。実力は想定以上で、筋肉ばかりかと思ったらそれ以外の部分も高水準に見える。少なくとも、身体能力を強化する魔法は俺よりも上かもしれない。


「どうしますか? 魔法でも使いますか?」

「刀なら、ありますよ」


 刀を持っているかのような姿勢でゆっくりと右手に魔力を集中させて鞘から引き抜く。俺は魔力を練り上げるのがとにかく下手くそで、小学生ですら扱えるような魔法もまともに使えない。その代わりに、魔力を好きな形にするのは得意だ。たとえば……刀、だったり。


「魔力の……刀?」


:かっこいい

:筋肉よりあっちのほうがいい

:俺も筋肉から鞍替えする

:筋肉を裏切るな!

:筋肉こそが至高だぞ

:いや、筋肉よりあれの方がかっこいいだろ

:俺も今度真似してみよ


 名前なんてない……俺が自分の魔力を固めることで生み出す俺だけの刀。青白い魔力によって作られた刀は、さっきまで使っていた支給品の刀よりも手に馴染む。少し振っただけでも、空気を裂くような感覚と共に手に吸い付くようだ。


「怪我したら、すいません」


 手に吸い付く刀を握っていると、なんとなく走る速度も軽やかな気分になる。ヨースケさんが瞬きしている間に背後に回り込んで、刀を振るう。何故か超反応を見せて腕をクロスして防御してきたヨースケさんだけど、魔力を固めて生み出した刀の切れ味は支給品とは比べものにならない。


「私の筋肉が、斬られた!?」

「筋肉へのその絶対の信頼はなんなんですか」


 まぁいいや。

 俺はこの刀を握っているとなんでもできる気がしてくる。追加で空中に4本の刀を作り出して、手に持つこともなく射出する。速度は俺に比べると大したことないだろうけど、刀に意識を向けた瞬間に俺は接近できる。


「っ!?」


 結構深く入った。その証拠に、俺から距離を取ったヨースケさんは多量の血液を流しながら片膝をついていた。射出した刀のうち2本が身体に刺さり、肩口から胸元まで俺の振るった刀による傷ができている。流石に治療しないと死ぬだろうからここで終わりだろう。


:うわ

:グロ

:ヨースケ大丈夫か?

:筋肉が負けた?

:死なない?

:2人ともヒートアップしすぎや

:終わり終わり


「いやぁ……やりますねっ!」

「は?」


:は?

:草

:どうなってんねん


 元気よく立ち上がっただけでも驚きなんだが、何故か突然サイドチェストしたなと思ったらさっき俺がつけた傷が全て塞がったんだが?

 いや、なにが起きているのか一切理解できない……どうなってんの? もしかしてそういう特異体質で生まれてきたのかな?


「これはただの治癒魔法です。私は魔法も普通に使えますから!」

「いや、治癒魔法ってあくまで傷の治ろうとする身体の治癒能力を上げる程度のものだった気がするんですけど」

「超回復です!」

「筋肉痛じゃねーんだよ」


:草

:オークツリー君はいいツッコミ役になれるよ

:筋肉痛みたいな感覚で言うな

:超回復はそういうもんじゃないんだよなぁ

:筋肉ならなんでもいいのか?

:言ってることもやってることも無茶苦茶すぎるだろ

:頭おかしいよ君


 視聴者はまともな人が多くて安心した……それにしても、あのレベルの治癒魔法が使えるならマジで戦っても勝てるかどうかわからないかもしれないな……というか羨ましいな。俺も魔法が使えるような人間に生まれて来たかった。そうすれば、こんな剣一本でダンジョンに潜るようなこともなかったのに。

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