第2話

 沖前とは、図書委員としての交流があったがそれ以上の交流はなかった。しかし初めて話すような感じはしなかった。

 しかも、話していると読書の趣味だったり好きな食べ物も同じだったりとすっかり意気投合した。

 こんなに話しやすい人は沖前が初めてだった。

 俺にとっては人との接触は危険行為だ。でも、危険だとわかっていても話してみたいと思うのは、沖前が俺を理解してくれるかもしれないと淡い期待を覚えてしまうからだろう。


 放課後になり、俺と沖前は返却された本を棚に戻していた。

 昼休みの当番が残したやつだ。

 放課後に図書室を利用する生徒は少なく、これくらいしかやることがない。これぐらい仕事を残してもらっても別に構わない。

 「じゃあ、荒瀬君はどんなジャンルでも読むんだ」

 「ああ、時代劇のももライトノベルも面白そうだったらなんでも」

 「へー、私は最近までは本は漫画とか雑誌とかしか読んでなくて。あまり難しいのは読めないんだ」

 沖前は苦笑する。

 「なんで、読み始めたんだ?」

 「う~んとね、好きだった人が読書が大好きでね。読んでみたらって、オススメされて読み始めたんだ」

 そう言うと、沖前は少し本棚を探し一冊の本を取り出した。

 「これ」

 差し出した本は、野人先生の処女作『さよならまたね金木犀』だった。

 正直、日頃活字に触れない人にこれを薦めるのは何と言うかセンスがない。

 面白いから、いいのだが何より内容が難しいのだ。

 無数に張られた伏線。

 読み取りづらい心理描写。

 これがでたとき、ネットの掲示板は大きく意見に割れた。

 称賛の声と批判的な声。

 こんな、駄作を出版するな、とか、ただただ読みづらいとか。

 大きく割れたはずの意見は、称賛の声が隠れてしまう程だった。

 しかし、もしセンスがなくても、俺もこの作品を薦めてしまうかもしれない。

 なぜなら、この本の主人公は俺みたいな能力者だから。


 「一回目は全く意味がわかなかったけど、二回目三回目って読むと、少しずつ見える世界違って」

 沖前は、優しく本を撫でる。

 「あの人が見えてる、世界が少し見えた気がして」

 その愛おしそうに本を捲る沖前に、少し胸がなる。

 全く初めての感覚に俺は少し戸惑ったが、気にしないように作業に戻った。


 「夏休みは何するの?」

 「本読んだり勉強したり、多分それくらいしかしない。沖前は?」

 作業も終わり、俺たちは貸し出しカウンターに座り誰も来ない図書室で雑談していた。

 「うーん。なんの予定もないけど…」

 沖前は、顎に指を当て考える素振りをし思い出したように。

 「あ、夏まつり行きたい」

 「夏まつり」

 夏まつりといえば、来週近所の神社でやると聞いた気がする。

 「来週、猿成神社でやるって聞いたんだよね」

 やはり、近所の神社だ。

 俺は混雑しそうなとこには極力行かないようにしている。

 一番の理由として、やはり能力があるからだ。

 なので、人生で一度もお祭りはもちろん、プールなんかも行ったことがない。

 「ああ、母さんが準備手伝っていたな。かなり大掛かりになるそうだ」

 「そうなの?」

 「ああ」

 テント張りや、参加店舗の確認だったり道路の使用許可だったりとかなり忙しそうにしていた。

 「へー、いいね。あ、だったらさ、一緒に」

 沖前が何かを言いかけたとき、図書室の扉が勢いよく開く音がした。

 「ごめん、荒瀬、手伝ってくれ」

 来たのは図書室を管理する長崎ながさき先生だった。

 何やら大きなダンボールを持っている。

 先生はそれを床に置き、腰を反って痛そうに擦る。

 「なんですかこれ?」

 ダンボールを落ちあげると、見た目通りというべきかかなり重かった。長崎先生は、ぱっと見で分かるぐらいひょろっとした女性だ。よくここまで持ってこれたなと、関心してしまう。

 それにもう慣れたが、こういった滑るものを持つのは手袋をしているから苦手だったりする。

 「それ、今度近くの幼稚園に寄贈する本なんだよ」

 カウンターに置くと、沖前がダンボールを開け中身を見た。そこには、絵本や図鑑などが数十冊入っていた。

 「なんで、うちの高校があげるんですか?」

 「さあね。学園長に聞いてくれ」

 長崎先生はダンボールから、本を取り出し。一冊の本の一番うしろページに、うちの高校の校章と名前の載ったはんこを押した。

 「こんな感じで、はんこを押していってくれ」

 沖前は素直に頷き。

 「はい」

 「じゃあ、よろしく」

 長崎先生は手を振り、図書室をあとにした。

 なかなか面倒くさい、仕事を押し付けられたもんだ。

 「やろっか」

 なぜかやる気満々な沖前。俺は少しだるさを覚えてしまう。

 「沖前はやる気だな」

 「まあね。単調作業好きなんだよね」

 そうなのか、俺はそう呟き絵本を一冊手に取りはんこを押す。

 数冊はんこを押し終わったとき、事件は起きた。

 「あ、朱肉がない」

 はんこを押しても薄っすらとしか写さなくなっている。

 朱肉なんてさほど使うものではないので、誰も気づかなかったのだろう。

 「変えって、図書室にあったけ?」

 沖前は、引き出しを開け探すが見つからないようだ。

 「確か、隣にあったな」

 ふと、前少しあの教室の本を片付けていた時見つけた記憶があった。

 「そっか、じゃあ取りに行こう」

 「俺が取りに行くから、待ってて」

 「そう?じゃあ、お願い」

 俺はそう言って、図書室を出ていつも通り教室に入って朱肉を探す。俺の記憶ではそんな変なところに入れた記憶がないので、すぐに見つかるだろう。

 少し探すと、やはりすぐに見つかった。

 俺は朱肉を持ち、鍵を締め図書室に戻った。

 「おかえり、早かったね」

 「まあ、なんとなく置いてたとこ覚えてたしな」

 そっか。と、少し感心したように呟く。

 初めて朱肉を足すので、やり方なんてわからないが何となくやってみる。

 封を開け中身軽く振ってみると、蓋が少し開き中の朱肉が溢れ出した。

 すると、沖前が声を上げる。

 「あ!制服についてない?」

 制服にはついていないが、白の手袋は朱肉で赤く染め上がってしまった。

 「手袋についちゃったね」

 「ああ、洗濯で落ちるだろうか?」

 何となく結果はわかっているが、口に出してしまう。まあ、家に帰れば変えは少しはあるのでいいのだが、この手袋は外さなければ作業に戻れない。

 少し予定外なことが起きたが、とりあえず朱肉を入れ終えた。

 「手袋外さないとね」

 「ああ、そうだな」

 なぜこの時、俺は何も思わず自分の手袋に手をかけて外せたかはわからない。

 まるで、自分が操られているかのように自分のこれまでの体験がなかったかのように外していた。

 沖前ならいいと、まだ話し始めて数時間そんな根拠のないことを思ってしまったのかもしれない。

 「そのまま、バックに入れたら汚れちゃうよね。私ビニール袋持ってるから使って」

 沖前は足元に置いておいた、自分のバックから透明なビニール袋を取り出す手渡しした。

 「あ、ありがと・・・・」

 その瞬間、指の先にビニール袋ではない数年ぶりの生命らしい暖かい感覚が伝わる。それと同時に、激しい頭痛と沖前の未来が頭に流れ込んできた。

 「ぐっ」

 俺はとっさに手を離し、後ろに倒れ込む。

 そして、理解する。

 これは、駄目だと。

 「ちょ、ちょっと。荒瀬君、荒瀬君大丈夫?」

 心配する沖前の声が遠くなり、意識がなくなっていく。

 そして、俺は眠るように気を失った。

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