冷血感と噂の辺境伯様に嫁ぎます。旦那様はメイドになりたいと言った私を溺愛する。

七西 誠

第1話 パトリシア視点

1 パトリシア視点



◇◆◇◆


私の名前はパトリシア。オンズロー子爵家の末娘だが・・・。お姉様とは、母親が違う。

お姉様は正妻の娘、私は平民だった母との不倫の末に生まれた。幼くして母が亡くなるとオンズロー子爵、つまりお父様が、引き取って下さった。お父様は末っ子の私の事を可愛がって下さったが、お姉様とお義母様は、私をメイドの様に扱い陰で私を虐めた。



長女のマリーお姉様には、婚約者がいらっしゃる。

オンズロー家には娘しか居ないので、伯爵家の3男ジェイガン様(私は名前を呼ぶ事を許されていない。)が婿入りをして家督を継いで、お姉様と領地を治めて下さる予定だ。この婚約者の伯爵令息の性格の悪さときたら・・・。



私も、お父様の為に少しでも家の為になる婚約者をと思っている。そして、針のムシロであるこの家を早く出たい。


そんな私がデビュタントを迎えた。お父様がドレスを買ってくださり、家族全員で初めて王宮のダンスパーティに行くことになった。


お父様にエスコートされて、初めてのパーティー。ワクワクが止まりません。

今日ばかりは、お義母様やお姉様に関わりたくありません。


お父様は、挨拶回りに行かれました。

私は、色とりどりのケーキに舌鼓を打つことにしましょう。イチゴのタルトを皿にとって、フォークを入れ様としたその時、マリーお姉様と婚約者様が背後から挟む様に顔を出した。


「ケーキは、美味しい?」


「ご機嫌よう。」


2人が嫌な笑顔で挨拶をしてきた。


まだケーキを食べていないのだが・・・。「はい。美味しいです。」と答えた。


「ふふふっでは、またね。」とお姉様が去って行く。


私は、ふぅーと息を吐いた。絡まれずに去って行ってくれて、助かった。


改めてイチゴのタルトを頂くとしましょう。

タルトにフォークを入ようとした瞬間、凄く怒っているであろう表情を露にした美男子がこちらに向かって足早に来るのが目に入った。


(えっ?怒ってる?やらかしちゃった?何で・・・。)

その美男子は真っ直ぐ私に向かってきて、フォークを持つ腕を掴むと勢い良く歩きだした。

私は片手に小皿を持ちタルトを落とさないように気を付けながら、そのまま連れて行かれた。


王宮にある人気の少ない庭園まで、無言で歩く。

その美男子はハッと我に返り、フォークを持つ手を放してくれた。


「いきなり申し訳ありません。」美男子が頭を下げる。


私は、訳も分からず小さく首を振った。


「言いにくい事ですが、ドレスの後ろが汚れています。先程話をされていた男性が、そっとワインをかけるところを見てしまいました。」


身体を捻ってドレスの後ろ側を見てみる。

淡いクリーム色のドレスのお尻の辺りが、ワインで赤く染まっていた。


デビュタントのパーティーが、これか。

私は溜め息を1つ付き、美男子に御礼の言葉を述べた。


美男子は、大きめのストールを背中に掛けてくれた。

「これで隠せると思いますが、挨拶を済ませ早々に退席した方が宜しいかと。」


言葉と態度は優しいが、顔は終始怒ったままに美男子が去って行った。


私は小皿に乗ったイチゴのタルトを取り敢えず味わって

お父様に体調が悪いと申し出て、一足先にパーティー会場を後にした。


デビュタントより3ヶ月程経ったある日、私に婚約の話が舞い込んだ。

辺境伯様が是非にと申し入れて来たらしい。


「辺境伯様は、お父様より年上じゃない?良かったわね。良い縁談が見つかって。」

お義母様が、見下した様に笑って言った。


「違いますよ、お母様。最近代替わりをなされたのよ。何でも冷酷無慈悲な方とか。王宮お勧めの結婚からも逃げていて、終身独身と噂されていましたもの。とても恐ろしい方とか。」



お父様は心配なご様子で

「パティが嫌なら、断っても良いぞ。」と言ってくれたのだが・・・。


格上のお家を相手に、断るのも難儀な話だ。どうせ結婚をするなら、お父様の役に立ちたい。

「お受け致します。」と言い、私は覚悟を決めた。


婚約の話しはスムーズに進み、直ぐにでも辺境伯様の所へ来る様にと言われた。


婚約中は高位貴族の勉強をする期間とし、1年後に合意すれば式を挙げ正式に結婚をする。とは言うものの、1年後に追い出されるである事は容易に想像がついた。


虫除けに、体裁のために婚約者が必要なのだろう。


辺境伯様が迎えに来る日、お姉様達は嫌らしい顔で笑っていた。

野次馬根性でマリーお姉様の婚約者様までいらっしゃる。不幸行きの私の顔を見物したいのだろう。


「良い縁談を見つけてくれたお父様に感謝をするように。」

マリーお姉様が婚約者様の腕を取りながら言った。


婚約者様も、「オンズロー子爵家の支援も辺境伯様に忘れずに頼んでおけ。」と上から目線だ。


婚約期間の間は王都のタウンハウスで過ごす予定だが、結婚をすれば領地へ行く事になるだろう。

「辺境伯様の領地は、馬車で2日程度だ。辛ければ何時でも帰ってきて良いのだぞ。」

お父様だけが、優しい言葉を掛けてくれる。


「辺境伯様がいらっしゃったわよ。」お義母様が、言った。


格上の方だ、粗相は許されない。ましてや冷血漢と噂のお人。

オンズロー家は一瞬にして緊張の空気に包まれた。


「ようこそいらっしゃいました。」

お義母様は、いつもよりオクターブ高い声で言った。


私はお義母様とお父様の後ろに立ち

「初めまして、オンズロー子爵家のパトリシアと申します。」


カーテシーをして顔を上げた瞬間「あっ・・・。」と声に出てしまっていた。


デビュタントの時に助けてくれた方だった。

表情に笑みはないが、やはり大変に美しい方だ。


辺境伯様は鉄面皮の表情で、挨拶もそこそこに私の手を取って

「タウンハウスへ案内致します。」と言い馬車の方へと促された。


マリーお姉様の婚約者が、お近づきになりたい様子で

「辺境伯様、お茶でも召し上がって下さい。」と誘ったが、


「結構です。」の一言だった。眉間には皺が・・・


馬車の中で、2人きりになったが顔が怖い。タウンハウスまでは、馬車で20分位だが、緊張で一言も喋らないままに

タウンハウスに到着すると、馬車を降りる時に手を取って屋敷の入り口まで案内してくれた。

そこには、侍従長やメイドなどが並んで迎えている。


「ようこそいらっしゃいました。心から歓迎致します。」

代表で執事が述べると、皆が頭を下げた。


パトリシアは、恐縮しながら

「宜しくお願い致します。」と深く頭を下げた。


メイドに辺境伯様と同じフロアーにある部屋に案内された。

「お茶をお持ち致しますので、しばしの間お寛ぎを。」

と言って出て行く。



ソファーに身体を沈めると、はぁ・・・と小さな溜息が1つ溢れた。

私はこれから、どうなるのだろう?先ずは高位貴族の教育を頑張るしか無いのだが・・・辺境伯様への接し方が分からない。


そもそも何故オンズロー家の者が、婚約者に選ばれたのだろう?父は良い人ではあるが、やり手では無い。


きっと社交界の噂が煩わしくて、お飾りの嫁が欲しかったのだろう。運良く追い出されなかったら白の結婚かも知れないが、私にすれば救世主だ。


お父様は優しかったけれど、オンズロー家は居心地が悪かった。此処で辺境伯様の機嫌を損なわない様に生きて行く方が、穏やかな生活が送れるで有ろう事は容易に想像出来た。


コンコンと扉のノック音が聞こえた。

「パトリシア様、お待たせ致しました。」と言ってお茶を入れてくれた。

「後2時間ほどで晩餐となります。それまで部屋で休んで下さい。私はパトリシア様付きの侍女を任されましたアンと申します。明日から、屋敷の案内等を致します。ご用意があれば何なりとお申し付け下さい。では、ごゆるりと。」


アンが部屋から出て行った後、緊張の糸も解けて、そのままソファーで眠ってしまった。疲れていたのだ。


ウトウトとよい心地で眠っていると、ドアのノック音に身体がビクリと反応した。体勢も整わないままの状態の時に扉が開かれて辺境伯様が立っていた。

「失礼」と慌てた風にドアを閉めて、暫くの間を置いた。


ドアの外から「宜しいか?」と声がする。


私は着衣の乱れを整えて鏡を見た。髪を手櫛で整えて

「どうぞ」と言った。


「晩餐の準備が出来たので、迎えに来ました。ご一緒致しましょう。」と腕を出した。


私は恐る恐ると辺境伯様の腕に手を添えて、一緒に歩き出した。エントランスロビーの中央階段を降りて、ダイニングホールへと案内される。ご丁寧に私の椅子を引いて座らせて下さった。


「食事の好みが合えばよいのだが・・・。」

辺境伯様は、小さな声で呟く様に私に言った。


無言での食事が始まった。居た堪れない雰囲気の中、スープを一口飲んでみた。!!美味しい。

そうなると、次々に食べたくなる。色とりどりのサラダにフルーツ、お肉をパイ生地で包んだものなど。


子爵家に居た時には食べた事のない豪華な食事だった。

勿論お父様が忙しくしている時は、家族の食卓には呼ばれず、賄いをメイドにお裾分けして貰って食べていた。


辺境伯様は小さな声で

「どうだ?」と聞いてきた。


「とっても美味しいです。」と言うと


少しだけ、ほんの少しだけ表情を緩ませた様に見えた。

相変わらずに眉間の皺は健在だが。


食事の後のお茶を頂きながら、私は思い切って口を開く。

「辺境伯様、ありがとうございます。」


辺境伯様は怪訝な顔付きになりながら

「怒ってはいないのか?」と聞いてきた。


「勝手に婚約者を決められて、私の様な不愛想な男に嫁がされる事になって・・・。貴方が嫌がる事はしない様に努める。」と言うと、俯いてしまった。


「パトリシア嬢、私は明日から暫くの間忙しくなる。朝食の時間だけ一緒に過ごせば、後は自由にしてくれ。勿論淑女教育はあるが。」


と言ったきり、会話が続かなくなってしまった。


「辺境伯様、明日から忙しいのでしょう?もうお休みになって下さい。私の事は、アンが色々手伝って下さいます。お気になさらずに。」


それぞれの部屋に戻り、気不味い初日を何とか切り抜けた。


辺境伯様の仰っていた通り、3ヶ月程は朝食の時以外で顔を合わせる事は無くなった。

午前中は、作法や語学の先生方がいらして、詰め込み気味に教育を受け、午後からはアンに辺境伯様の仕事の内容や領地の状況などの話を聞かされた。


勉強は難しく大変ではあるけれど、とても面白く・・・。それよりも午後の暇な時間を持て余す様になった。


「ねぇアン。お庭の隅のスペースにでも花壇を作ってはダメかしら?」私は思い切ってアンに聞いてみた。


「それは良いですね。エルハルト様に許可を取っておきます。」


エルハルト・・・あっ、辺境伯様の名前だ。

婚約の申し入れがあった時に、聞いた名前だった。すっかりと忘れていたが。


辺境伯様は、エルハルト・アーヴァイン様だった。

心に留めておこう。


翌日、作法の勉強も順調に終えて午後になり、アンが街へ連れて行ってくれた。

「エルハルト様の許可は、取ってあります。」と言って花の種や苗を買いに来たのだ。


辺境伯の家紋の入った馬車に乗って、石畳の街並みを行く。

街の皆の注目を浴びている様で、恥ずかしい。


馬車を降りて歩いて買い物をするのは、楽しかった。

ただ恥ずかしい事にお金をあまり持っていないので、慎重に花の苗を選んでいく。


暫くの間ベゴニアとアリッサムを交互に睨んでいると、アンがお店の人と話しをしていた。


「ベゴニアとアリッサム、百日草を屋敷に届けて下さい。」


ちょっと待った!!


「アン。あの・・・私、そんなにお金を持って無いの。」俯いてアンに伝えると


「お支払いは、エルハルト様がなさいます。」と言った。


私が吃驚して言葉を失っていると、お構い無しに


「次に行きましょう。」と言った。


洋服店だった。そこでサイズを計り流行りのワンピースを5着注文をする。それも辺境伯様が払って下さると言う。

ワンピースに合うアクセサリーも、アンが選んでくれた。


私は不安に駆られてアンに聞いてみた。

「あの・・・辺境伯様は何故こんなに親切にして下さるのでしょうか?」



アンは一拍の間を置いて「愛・・・故でしょう。」と答えた。


私は心の中で、アン・・・なんてポジティブシンキングなのでょう?それとも、何か誤解を招く事があるのでしょうか?

それでもアンは、とっても良い人です。お花畑脳の事は、秘密にしておきましょう。などと考えていると


「パトリシア様の品質管理費の一部を預かってます。他に欲しい物はございませんか?」と言った。


まだ婚姻を済ませていないのに、お小遣いまであるの?

私は嬉しくなって屋敷で待ってくれている皆にお茶とスイーツを選んで持ち帰った。

辺境伯様、ごめんなさい。これ以上の浪費は控えます。



屋敷に帰った私はメイド達を呼び、自分でお茶を入れスイーツを振る舞った。辺境伯様のお屋敷は、質素堅実なのか執事とアン以外にはメイドは3人しか居ない。

日頃から書斎へ詰めている執事に、お茶とスイーツを持って行ってもらって早々にアンも椅子に座らせた。


「いつも良くして頂き、ありがとうございます。ひと時の間ではございますが楽しみましょう。」


毎日忙しく働いてくれているメイド達を、心から労いたかったし仲良くしたいのだが・・・。

皆が固まっていて、誰も言葉を発さないしお茶に手を出す事すらしない。


「お茶が冷めてしまいますよ。パトリシア様の御好意です。頂きましょう。」

アンが空気を破ってくれた。


私は少しショボンとなり、迷惑な行為をしてしまったのだと反省をしていた。ここは、辺境伯様のお屋敷だ。子爵家にいた頃とは違うのだ。貴族のマナーは心得ていたけどメイドさん達と仲良くなりたかったのだが、拒絶をされた様だ。


「皆さんが良くして下さるので、調子に乗ってしまった様です。申し訳有りません。」私は、反省の言葉を呟いた。


「パトリシア様、このお茶の銘柄は何と言うのですか?」

俯いていた顔を上げて、メイドのナタリーが言った。


「ダージリンオータムナルよ。」


「チョコレートの入ったケーキ、美味しいです。」


「本当に?カレン。私チョコレートが大好きなの。」


「私はチョコレートを初めて食べました。」


「アイリス、どうかしら?お口に合えば良いけど」


「ええ、大変美味しいです。」


3人共に警戒心を解いてくれた様で、胸を撫で下ろした。

楽しい時間は30分程で終わり、各自仕事に戻った。流石に仕事の邪魔をする訳にはいかない。



後でアンに聞いた話しだが、侍女であるアンは伯爵家の娘なのだが・・・メイドは平民でもなれるらしく、立場は会社役員と派遣パート程も違うそうだ。

僅かな言葉の違いで、クビにされる事もあるらしく今日のメイドの発言は、大変勇気のいるものだったらしい。体罰を与える主人もいるので、警戒心は仕方の無い事だと。


今日の出来事が辺境伯様のお耳に入り怒ってしまわれたら、罰は私が受けよう。・・・と覚悟をして気が付いた。

アンが伯爵令嬢?アン様とお呼びした方が良いのではないかしら?と思った。


「辺境伯様から、罰がありましたら私に回す様にお願いします。・・・アン様。」と言うと


アンは思いっ切り吹き出した。暫くして大笑いから持ち直したアンは、

「爆笑して申し訳有りません。アンで結構です。エルハルト様の事は、大丈夫だと思います。パトリシア様の居心地の良い様にされて構わないと、仰っていましたから。」


何処まで私に親切にしてくれるの?辺境伯様。

メイド達とも打ち解け、和気藹々と過ごせる様になった。


メイド達に手伝ってもらって花壇作りを始める。庭師にも来てもらって満足のいく花壇が作れた。アイリスは花に詳しく色々と教えて貰った。


※※※


そんな平和な日々を送っていた時の事だ。訃報が届いた。父が亡くなったと言うのだ。


私は信じられない思いで、オンズロー家に戻った。辺境伯様もご一緒に来て下さった。


突然に心臓の痛みを訴えてから胸を押さえて、あっけなく。

私は唯一肉親と呼べる人を失ってしまった。


マリーお姉様は急いで婚姻を届けて、慌しく婚約者様と跡を引き継いだ。


葬儀の方は滞りなく終わり、オンズロー子爵家の屋敷を振り返った。

(お父様、7歳の頃より引き取って下さり10年間もの間育てて頂き有り難う御座います。)


父の亡き今、2度とこの家に足を踏み入れる事は無いだろうと

屋敷に向かって頭を下げた。



辺境伯様の屋敷に戻り、辺境伯様の部屋に呼ばれた。

アンにお茶の用意をさせてから下がらせ、ソファーに座らされた。

「大丈夫か?どうしたら良い?」優しく問う辺境伯様の声に


「泣きたいです。」と答えた。


淑女に在るまじき行為ではあるが、悲しみが溢れ出てくる。

辺境伯様は何も言わず、私の頭を胸に引き寄せ胸を貸して下さった。

私は声を上げて泣いた。泣き疲れて眠りに着くまで。


翌日の昼頃に目覚め、自分のベッドにいる事に頭を傾げた。

昨夜の記憶が無い。辺境伯様の胸で泣いた事は覚えているが・・・運んで下さったのだろうか?


鏡を覗くと、酷い顔をしている。朝食にも間に合わず寝ている婚約者を辺境伯様は、どう思うだろうか?

煩わしさから解放されたいが為に結ばれた婚約。お飾りの婚約者の私が辺境伯様を1番煩わせている。


お父様に先立たれ、辺境伯様にも捨てられたら・・・。


私はアンを呼んで、昨夜と今朝のお詫びを言いたいので辺境伯様に時間を取ってもらえる様に頼んだ。


辺境伯様に会いたいという思いが、募っていくなか

会いたく無いお姉さまと新しくオンズロー子爵になった元婚約者までがタウンハウスに訪ねてきた。


アンはお茶の準備をして、私の少し後ろに立っている。メイドのナタリーとカレンも扉の横で待機している。


「使用人達は、下がりなさい。」お姉様が手で追い払う仕草をしたが


「パトリシア様を1人にしない様にと辺境伯様から申しつかっておりますのて、承服出来かねます。」

アンは澄ました顔で言った。


「貴方から言いなさい、パトリシア。」尚も食い下がるお姉様に


「辺境伯様の言いつけは守るべき立場ですから。」

とパトリシアも勇気を振り絞って答えた。


マリーはパトリシアが流行のワンピースを着て、可愛らしいアクセサリーを付けている事が不快だった。


「まぁいいわ。ところで、子爵家への援助の話はどうなっているの?」


「私は、父からも辺境伯様からも、その様な話は伺っていません。」


オンズロー子爵様は、溜息をついて

「パトリシア、君には恩があるだろう?」


「はい。父には恩があります。亡くなってしまいましたかが・・・。」


「もういい、何だその態度は。パトリシア覚えておけ。そんな不義理な奴は、痛い目を見るのが世の常だ。ちゃんと考え直せ。今日は帰る。」


「パトリシア、辺境伯様に捨てられたらどうするの?私達は家族なんだから助け合いましょう」

その日1番白々しい台詞を吐いて、お姉様方は帰った。


その日の夕飯の時間、辺境伯様は帰って来なかった。

後2日程は、お忙しいらしい。


部屋に戻り1人で考える。

辺境伯様の美しいお姿、優しい声を思い胸が締め付けられた。

迷惑をかけたくはないが、辺境伯様と離れてしまうのは耐え難い気持ちになる。オンズロー子爵家には絶対に帰りたく無い。


私は自分の気持ちと置かれた立場を認識して、決心をした。



3日目、今日は辺境伯様が早く帰ってこられるかも・・・。私の落ち着かない様子を見て、何故だかアンが笑っている。


「エルハルト様は、今日も夕飯の時間には戻られそうにありません。」


「戻って来るまで起きて部屋で待っています。」毅然とした態度でアンに言った。



部屋で1人で待っていると、コンコンとノックされる音が扉から聞こえてきた。辺境伯様が帰って来たのだ。

「すぐ支度をして行きますとお伝え下さい。」私は鏡の前でアンに声をかけた。



扉を開いたら、立っていたのは辺境伯様だった。


「宜しいか?」と聞かれて


「どうぞ」と部屋へ招いた。


向かい合わせのソファーに座り、沈黙が続いたが・・・。やがて辺境伯様が口を開く。



「パトリシア嬢には、大変申し訳なく思っているが・・・。私はもう我慢の限界だ。」


「婚姻の日取りを早めたい。」

「メイドとして雇ってください。」


2人同時に声を出してしまった。


『えっ?!』


「取り敢えず、メイドの話は却下だ。」


「何故結婚などと?私の事が我慢ならないのでしょう?」

パトリシアは、胸に渦巻く痛みを隠しながら聞いた。


「私の話し方が、唐突過ぎた様だ。私達が婚約して8ヶ月が過ぎた。後4ヶ月近く待たなければならないのだが・・・。

2ヶ月後に王宮で開かれる大規模なパーティーがある。その時には、私の夫人として出席して貰いたいのだ。」


「・・・?」「婚姻の手続きとか、面倒なことがありますが?」


「そこは私が何とかする。・・・私のプロポーズを受け入れてくれないだろうか?」


「私はお飾り妻でも、メイドでも構いません。」目を伏せて答えた。


エルハルトはソファーから立ち上がりパトリシアの元に膝跨いた。

「違う、そうじゃない。パトリシア嬢に、私の愛を受け入れて欲しいのです。」



「えっ、えっ、えーっ?あっ、愛?」私は思わぬ方向に進んでいる話しに動揺を隠せなかった。

辺境伯様と一緒にいられる喜びが、不安を包み込んだ。


「でも・・・私は美人でもなく、お金も無いし・・・これといった取柄もございません。」


そう言って俯いた私の頬を指先でそっと撫でて、私の手を取った。見つめて来る眼差しが、熱い。


「宜しくお願いします。」

小さな声で返事をした。


2人がそのままの状態でスリープする事3分程。


辺境伯様が私の肩を寄せて、微笑んだ!!

愛おし過ぎるその笑顔に、目眩を起こすと同時に湧き上がる疑問。


「辺境伯様も、微笑んだりするのですね。」


「あっ・・・あぁ。普段は笑わないが・・・。私の顔は笑うと幼く見えるらしく、威厳が損なわれる。社交用に笑わない事を癖付けているから。あれこれ考える内に、表情が固まってしまって・・・。」


顔を横に晒せて俯く辺境伯様の麗しいお姿に、胸の鼓動が高鳴り、私の顔も熱を帯びてきた。


それから辺境伯様の行動は素早かった。

領地の家族に報告をし、王宮の許可を経て、神殿に誓約書を提出する。普通であれば2.3ヶ月を要するところを、数日でやり遂げてしまった。


そして今日、辺境伯様のお身内だけを招待して豪華なドレスに身を包み教会で厳かに結婚式が行われた。

誓約書にサインをして、辺境伯様の妻になり・・・初夜を迎えます。

辺境伯様と私の私室の間にある夫婦の寝室。ベッドの上に座って、辺境伯様は緊張気味の私に囁きます。


「パトリシア嬢、私達は夫婦になりました。愛称で呼んでも?」


今は亡き父にしか呼ばれた事のなかった愛称を麗しの方が呼んで下さる。私は胸が熱くなります。


「パティとお呼び下さい。」


「パティ、ずっと貴方を独占したかった。愛しの貴方に触れたかった。抱きしめたかった。」


辺境伯様・・・旦那様は、初めて私に口付けを落として、ベッドに押し倒しました。

髪に・・・頬に・・・耳元に・・・首筋に・・・胸元に・・・と、次々に熱い吐息と共に口付けを落としていかれます。


恥ずかしさのあまり、顔を真っ赤に染め上げた私は身も心も旦那様にトロトロに溶かされていったのです。

旦那様の腕の中で甘い吐息が漏れるのを必死に我慢しながら。

その夜旦那様は、朝まで優しく私を愛して下さいました。



翌日から、アンは私を奥様と呼びました。

旦那様に愛された身体を見られるのが恥ずかしかったので、入浴の手伝いを断ったのですが・・・。


「ダメです、奥様。王宮で開かれるダンスパーティまで間がありません。磨いて磨いて、磨きまくりますよ。ナタリー、カレン、アイリス、手伝って下さい。」


身体中にある旦那様の口付けの痕をチラリと見て、アンが微笑んだ様な気がする。


4人は毎日、オイルマッサージをして美容に良いというお茶を入れてくれます。


髪の毛が艶やかになり、お肌もスベスベしっとりとなって自分で見ても明らかに変わってきました。


旦那様は初夜以来、私に対して表情を遅らす事はない。

目が合えば、いつも微笑んで下さる。


ダンスパーティの当日、アン達が私を飾ってくれた。

旦那様から贈られた、初めて見る豪華なドレスに身を包む。


旦那様にエスコートされて、王宮へ行く。

私にはデビュタント以来のダンスパーティだ。


「アシュナード公爵夫妻、入場」


旦那様に手を取られて入場する。私の体はガチガチに固まっていたが、旦那様は慣れた様子で私を促す。


ん・・・?入場の時、名前間違われた様な・・・?

何て思っていた私を、両陛下の前まで連れて行った。


「両殿下には、お初にお目にかかります。パトリシアと申します。」と言いカーテシーをした。


「ハルトを虜にした女性をこの目で見れるとは・・・ハルトは優しくしてくれるか?」

王陛下に問われる。


「はい、とても優しくして下さいます。」と答えると


旦那様は、王陛下を心なしか睨んでいる様に見えたが・・・。

いつもの旦那様だ。そう言えばいつも眉間に皺を寄せていた事を思い出す。


両陛下への挨拶が終わり、本来の目的が達成された。

旦那様は、この日この時の為に婚姻を早めたいと言っていたので、大役を終えた私は全身の力が抜ける様な感覚に陥った。


そんな時


「パトリシア。久しぶりだな。」と嫌な声が耳を掠めた。

お姉様と家督を継がれた婚約者様だったオンズロー子爵様だ。何故だか睨まれているのだが・・・。


「パトリシア、不相応なドレスね。」と肩を突かれた。


私は、少し背中を硬らせたが「ご機嫌様。」と挨拶をした。


オンズロー子爵様は「上等の布地だな。」と言いながら、ドレスを触ろうと手を伸ばして来た。


嫌だ、気持ち悪い・・・と思った瞬間、旦那様が私の腰に手を回して身体を躱して下さった。


「オンズロー子爵、私の妻に触らないで頂きたい。それと、名前を呼ぶのもやめて下さい。これからは公爵夫人と呼ぶ様に。」


「公爵夫人?」お姉様とオンズロー子爵は訝し気な顔をした。そして私もだ。


「辺境伯とは別にお爺様の公爵の家を継ぎ、私の名はエルハルト・アーヴァイン・アシュナード。アシュナード公爵になりました。」


初めて知った公爵の話に、お姉様より驚いたのは私だと思う。


マリーはパトリシアが公爵夫人だなんて、有り得ない・・・と歯噛みをしているが、オンズロー子爵は媚びた様な笑みを浮かべ

「パトリシア、よくやったな。流石は我等の妹だ。」とまたしても私の肩に手を乗せるべく近づいて来た。


「オンズロー子爵、もう一度言います。私の妻に触れるな。私が愛するパティと出会えたのは、子爵がパティーのドレスにワインをかけた事がきっかけです。貴族の行いとしては、どうかと思いますが・・・。その出会いには感謝してます。ですが今後、私の愛するパティとは関わらないで下さい。夫人、義姉上であるあなたもです。」


「言いががりよ。濡れ衣だわ」お姉様が甲高い声を上げる。


オンズロー子爵様も、「何の事を言っているのかわからないが?」

と、すっとぼけた様子だ。


「そうですか、では私も子爵に感謝せずとも良いと言う事ですね。」旦那様の険しい顔が、2人を睨みつける。


「では、これで。」と言って私を見た旦那様が微笑みを見せて下さる。先程の表情とは、雲泥の差だ。

パーティー会場のあちらこちらからも溜息が漏れる程の麗しい笑みを私に向けて


「私の可愛いパティ、今後はあんな輩に関わってはダメだよ。」

他の貴族の人達にも聞こえる様に、わざとあんな会話をしたのだろう。


オンズロー子爵とお義姉様は、怒りを露わにした顔をしているが、公爵様に刃向かうなど出来ない。 


噂はとても早く、オンズロー子爵がアシュナード公爵の機嫌を損ねた。として、社交界からも敬遠されているらしい。

そもそも領地運営がギリギリであった事もあり、没落する姿が想像に難く無い。



王宮で開かれたパーティーを終え、肩の荷が下りた私は旦那様とタウンハウスへと帰り着く。


初めて聞いた公爵の説明をしてくれようとした旦那様に

「辺境伯様とか公爵様など関係なく、旦那様の側に居たいだけです。旦那様が何者であろうと関係ありません。」そう旦那様に告げると


旦那様は頷きながら

「私の愛するパティは、何時になれば名前で呼んでくれるのかな?」

と私のうなじを指先で撫でながら口付けを落としてくる。


「ひゃっ」と声が漏れた。


「あっ・・・エルハルト様・・・。」 


エルハルト様の指先に私が抗えない事を知っていて、悪戯な笑みで見つめて来る・・・。今夜もエルハルト様の虜になる。


明日の朝、寝不足の2人を見てアンに怒られるだろうか?

そんな思考はすぐに、エルハルト様の口付けで掻き消された。













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