22.恋と絶望(アーサーside)

全てを知った夜、私はベッドのなかで廃人のように呆けていた。何も考えられず、ただひたすらベッドの天蓋を見つめていた。

自分はきっと父と同じく二十歳になったら人の生き血を吸う化け物になるのだ。

その時、僕はどう思うのだろう? どうなってしまうのだろう? そもそも生き血なんて飲めるのか?

働かない頭でボーっとそんなことを思う。


その時、ふと自分の婚約者を思い出した。


去年初めて会った婚約者。

母が死んで喪失感が抜けない状態で会った女の子。そのせいで碌に口も利かず、相手が話していることにただ頷いていた。黙っている僕に必死に話しかけてくれたことを思い出す。


彼女は将来自分の妻になる。

そうしたら、自分は父と同じように彼女を殺してしまうのだろうか?


いや、殺さない方法はある。

彼女を愛さなければいいんだ。彼女を好きにならなければいい。


しかし、既にその時にはもう抗えない予感があった。

でも、その予感を否定するように、彼女から届く手紙には返事を書かず、領地が遠いことを理由に会うことを避けた。


それでもまったく会わないわけにはいかない。

五年ぶりに彼女に会った時、今までことは無駄な掻きに終わったことを直感した。

何故なら想像していた以上に彼女は美しく成長していたのだ。


お愛想に適当に選んで買った髪飾りを、こちらが罪悪感を覚えるほど喜んでくれた。

その時の笑顔は今でもはっきり思い出せる。


彼女のことを好きにならないことは難しい。きっとこれからもっと好きになってしまうことは簡単に想像できた。

自分の想いに抗えないことが分かったのなら、足掻いたところで仕方がない。

彼女を好きになっても大丈夫なように自分の精神を鍛えるしかない。

そう前向きに考えることにした。

しかし、その時は呪いの威力を知らなかったから、そんな風に前向きに思えたのだ。


二十歳になった時、自分の体に変化は現れなかった。


母の死の真実を知っても、今まで父の吸血する姿を見たこともなく、自分自身の体に何も変化を感じずに生きてきたので、どこかレイモンド家の呪いを信じてきれていない自分もいた。

その為、二十歳になっても化け物にならなかったことで、この呪いは父の狂言ではないのかと疑うほどだった。


しかし、涙を流して喜ぶ父と執事のマイクを見て、やはり狂言ではなかったのだと思い直すも、自分には何も影響がなかったことに心から安堵した。


その頃には、王城勤めの私を追うように婚約者のローゼが王都に居を移しており、以前より会う機会が増えた。


18歳になった彼女は益々美しくなっていた。


自分の予想通り、私は彼女をどんどん好きになっていった。

彼女自身、私に好意を持っていることを隠そうとしない。そのことが更に気持ちに拍車を掛けた。

ただ、私は気持ちを伝えるのが不得手で、この愛しい人へ愛の言葉を一度も囁くことが出来ずにいた。


会う度に今日こそはと思っても、彼女の愛くるしい笑顔を見るだけで、気持ちが高揚し、上手く言葉が出なくなるのだ。嬉しそうに私に話しかけてくる彼女に耳を傾けるだけで精一杯だった。


21歳になった時、正式にローゼとの結婚式の日取りも決まり、後は二人の新婚生活を待つだけになった。


夫婦になれば一緒にいる時間は今までと比較にならないくらい増えるのだ。

今までは仕事に翻弄され、なかなか会う機会が作れず、そのせいで久しぶりに会うと、喜びと嬉しさと気恥ずかしさから上手く気持ちを伝えられなかったが、流石に毎日一緒にいれば、もう少し気持ちにゆとりが出来るだろう。

彼女の可愛い笑顔を見ても、無様に動揺せず、気の利いた言葉も掛けられるようになるだろう。


そうだ、毎日彼女が傍にいる日々が来るのだ。

毎日毎日、彼女に愛の言葉を囁こう。今までの分を含めてたくさん。


そう心に決め、彼女との生活を今か今かと待ち侘びていた。

周りから浮かれているのを揶揄われるのが嫌で、おくびにも出さなかったが、内心では幸せの絶頂にいたのだ。


だが、不幸は足音を立てずに静かにいきなり襲ってきた。


式も二週間後に控え、父も領地から王都へ来ていた。

仕事も終え、夕食前に私の書斎で父と話をしていた時、突然、喉の渇きを覚えた。

すぐにお茶を口にしたが渇きが治まらない。一気に飲み干してもまったく治まらない。

傍にある水差しの水をグラスに注ぎ、これも一気に仰いだ。だが、ますます喉が渇くばかり。


何度も水差しから水をグラスに注ぎ、あっという間に水差しの中身は空になった。

堪らなく嫌な予感がして父を見ると、父は真っ青な顔をして私を見ていた。


私が疑問をぶつける前に、彼はフラフラと立ち上がると、部屋の隅にある棚から瓶を取り出した。

それは、「万が一の時の為に持っておくように」と父がその棚にしまっていた物だ。


震える手でその瓶の液体をグラスに注いだ。赤く毒々しい色をした液体だった。

それを私の前に差し出した。父の目からは涙が零れていた。


私は必死に首を振った。


だって、それは・・・。その薬は・・・。


「・・・飲みなさい、アーサー。この渇きには抗えん・・・」


ゆっくりと近づくグラスから、必死に距離を取ろうと顔を背ける。

しかし、ひどい喉の渇きとグラスから漂う微かに甘い香りが私の忍耐を崩壊させた。

飛び付くように父の手の上からグラスを握り、一気に飲み干してしまった。


急速に体中が潤い、理性が戻り始める。

今度はその事実に絶望し、その場に膝から崩れ落ちた。

むせび泣いている私を、父も泣きながら強く抱きしめた。


夜空には煌々と満月が輝いていた。


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