21.呪い(アーサーside)

誰彼構わず血を吸う息子を見て、当主はいかに自分が愚かだったか気付いたが、その時はもうどんなに悔やんでも遅かった。


幸い、息子は暫くすると理性を取り戻した。

だが、自分が置かれた状況に、驚き、怯え、恨み、泣き叫んだ。気が触れたように父親を罵倒し、呪った。

自死しそうになるのを家族全員で必死に止め、これからのことを懸命に考えた。


どうすればいいのか?

血を吸わなくても生きていく方法は無いのか?

人間の血の代替になるものは無いのか?


どうしても人の血が必要なら己の血をすべてやろう。愚かな自分が蒔いた種だ。


当主は自分の身を息子に捧げる覚悟を決め、当主の座を息子に譲り、その後の人生はこの呪いを解く方法、何とか血を吸わずして生きる方法を模索することにすべての時間を費やした。


注意深く息子を観察して分かったことは、血を吸いたいという要求は理性でかなり抑えられるということだ。

更に、欲求は月の満ち欠けが関係することも分かった。そして、どんなに我慢しても、満月の夜だけは抗えないということも。

また、吸血する時、特に何とも思っていない相手であるならば、少量の吸血で喉の渇きは収まるが、愛しい人が相手だと恍惚感が高まり、どこまでも吸いたくなってしまう、吸い尽くしたくなってしまう欲求に襲われるということまで分かった。


欲求に抗えない満月の夜の時だけ、息子は父親の血を吸血することで何とか渇きを抑えていた。


しかしある満月の夜、いつものように父の部屋に行く途中に、妻とすれ違った。

途端に、堪らなく妻の血が欲しくなった。

すべてを理解している妻は、喜んで自分の血を飲んでくれと言う。

それに誘われるがまま、妻の血を欲し、我に返ると彼女は真っ青になり、床に倒れていた。


その時は何とか一命を取り留めたが、一度占めた味は忘れられない。

父親にどれだけ強く諫められても、愛するが故に自ら差し出す妻の首筋からは極上の香りと味がする。それを口にした時に満たされる恍惚感と幸福感をどうしても止めることは出来なかった。


理性と自制心を振り絞り、ギリギリのところで制御しながら、妻の血を何度も欲した。


そうしているうちに、妻は見る見る生気を失い、やせ衰え、最後は彼の腕の中で一滴の血も残らず、絶命した。


そんな祖父と父を見ながら育った孫は、いつ自分が吸血鬼になるか恐れおののいて暮らしていた。しかし、いつまで経っても自分は血なんか欲しいと思わない。

良かった! これは父にだけに掛けられた呪いだったのだ!

そう安堵していたのだが・・・。


二十歳の誕生日を迎えた時、突然、異常なまでの喉の渇きを覚えた。

いくら水を飲んでも、酒を飲んでも渇きが収まらない。悪寒もしてくる。

自分の腕を抱き、必死に耐えるが、我慢できない渇きの原因に気が付き、絶望した。


必死に自分を押さえながら、誰にも会わないように、祖父の研究室に駆け込んだ。


老いた祖父が孫の惨状を見て、泣きそうな顔をしている。

すぐに孫を抱きしめたかと思うと、首筋を広げた。

筋張った骨と皮しかない首筋。だが、孫は泣きながら食らい付いた。


そして、私の父は・・・。


やはり二十歳で吸血鬼になったそうだ。


たが、父には四代前の負の元凶である当主と、その息子、その孫らの必死の研究と試行錯誤の結果、既に血液の代わりになる薬があった。

その薬のお陰で、人の血を摂取することは無かったそうだ。


父と母は政略結婚で当初は愛などなかった。

だから、父も母に対し血の欲求はあまり感じなかったらしい。


だが、ある満月の夜、薬を飲もうとした時、うっかりと零してしまった。

事情を知っている母は、すぐに自分の血を飲むように勧めた。

父は一瞬躊躇したが、結局母から血を貰った。

愛がなかったからか、少量で渇きが治まっていたのだろう。

だからこそ、母も苦でもなかったらしい。それからは、たまに母の血を吸血していた。


しかし、二人の間に子供が生まれ、長年一緒にいればそこに家族愛は生まれてくる。

ましてや、呪いの事情もすべて知りながら、自分の血を捧げる妻に愛情が芽生えないわけがない。

自分で気が付かない間に父は母を深く愛し始めていたのだ。


「私がロレッタを殺したのだ・・・。血を吸い過ぎた・・・。止められずに・・・」


父は頭を抱え、机に伏した。

苦しそうな嗚咽が聞こえる。いつもの威厳ある父からは想像できない姿だ。

その姿を見て、これは作り話ではない、現実なのだと実感したのだった。


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