「台風は朝までいきおいが衰えません」


 時おり強風が窓を打ちつけてバンッと音が鳴る。たたきつける雨の音がやまないなか、店長は淡々と話していく。


「なあ、知ってるか? 南部は霊感が強い人にとってはつらい場所らしいぜ?

 南部へ行くと、あちこちで悲しい過去が視えてしまうらしい。岬はとくに顕著で、崖の向こうから無数の手が伸びていて何かをつかもうとしてるのが視えるから近寄れない人もいるんだと。

 俺は岬へ行くのは遠慮したいぜ」


 店長の最後の言葉に佐狐さこが反応した。


「あれ? そう言えば、店長って霊感があるじゃないですか。

 高校生のときに喜屋武きゃん岬へ行ったのなら、そのときにナニカ視たんじゃないんですか?」


 指摘されると店長の目が泳いだ。

 佐狐と馬弓まゆみは店長を見つめていて返答を待っている。


 店内に沈黙が流れるなか、かわせないと悟った店長は頭をかきながら口を開いた。


「あのときはまだ幽霊が視えなかったんだよ」


「え? えっ!?」


「『まだ視えなかった』??」


 二人とも動揺している。

 でもそのうち目がきらきらとしてきたので、気づいた店長は無言のままソファから立ち上がった。バックヤードへ向かおうとすると、馬弓が進路をふさいだ。


「店長、『まだ視えなかった』ってことは、何かきっかけがあって霊感がついたってことですよね?」


 店長は馬弓とは目を合わさずにいて、無言のまま方向転換して歩き始めた。すると今度は佐狐が進路をふさいだ。


「店長の霊感は、後天的なものなんですね。

 そのこと、俺らにまだ話してないですよね?」


 また無言のまま方向転換すると、馬弓が前に立ちはだかった。

 さっきまで元気がなかった二人とは一変して、好奇心いっぱいの目で店長を見ている。


 店長は頭をかき、二人とは目を合わさず無言のままだ。


 ゆっくりと店長が後ずさると、馬弓と佐狐はじりじりと距離を詰め始めた。三人はどんどん壁に近づいていき、ついに店長の背中が壁についた。それでもだんまりを決め込む店長に対して強行作戦をとった。


 佐狐が店長の右肩近くで派手な音で壁ドンした。続けざまに馬弓が反対側を壁ドンする。

 店長はずっと視線をそらしていたけど、予想外の行動をとられたので思わず二人を見た。


  バァ―――ン!!


 突然、大きな音がして三人が音のした方角を見ると、バックヤードにある裏口のドアが開かれている。ドアは壁に当たった反動でぐらぐらと揺れていて、どしゃ降りの中から男が店に入ってきた。


 男はウインドブレーカーのフードを深くかぶっていて顔半分が隠れてて見えない。息が上がっていて、ずぶぬれの姿から台風の最中さなかを走ってきたようだ。


 嵐の夜に臨時休業している店に入ってくるなんて、ろくなやつはいない。

 普通は空き巣なのかと慌てるところだが、店長にアルバイトの二人は冷静だ。


 開かれたドアのきしむ音が響くなか、店長があきれた様子で声をかけた。


「おまえもか……」


 店長の言葉をきっかけに沈黙が破られた。


「いらっしゃい、氷熊ひょうまさん!」


「先に始めちゃっていますよ~」


「なんだ、おまえら。

 台風来てるんだぞ。常識的に考えてバイトは休みだろ?」


「「だって、台風の日はここで怪談夜語りじゃないですか」」


 悪友に関心が移った隙を見て、店長は二人の包囲網から脱出した。すかさず厨房へ向かって逃げに入る。


「氷熊、腹減ってるだろ。残り物でなんかつくってやるよ。

 おまえらも食うだろ?」


「あぁっ、待ってください、店長!

 さっきの続きは!? 俺らに教えてくださいっ」


 振り返ることもなく、店長は「気が向いたらな」と言うと、そのまま厨房へ入っていった。


 馬弓と佐狐はホラーが好きだが、それ以上に店長のことが気になってしょうがない。二人は見合わせると、同時に「絶対に聞きだしてやる」と声をそろえて言った。



 島はむかしから台風の通り道のため、建物は頑丈につくられていてよほどなことがない限り壊れることはない。

 わかっていても、もしかしたらと不安はぬぐえないものだ。雨風の音に怯えながら嵐の夜を一人で過ごすのは心細い。でもバイト先へ行けば!


 馬弓と佐狐は互いに言葉には出さないけど、良き友とめぐり会えたと思っていてバイト先に感謝している。そして店を支えている店長を尊敬していて大好きだ。


 二人は毎日といっていいほどこの店でバイトをしている。それでも店長にはまだ謎の部分がある。好奇心を刺激された二人が店長の過去を知るのは―――別の話となる。






――『台風が直撃の日は怪談夜語り』了 ――

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台風が直撃の日は怪談夜語り 神無月そぞろ @coinxcastle

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