「ますます台風のいきおいが強くなります」


 これから島に台風が上陸するというニュースが流れてるときに、突如始まった怪談夜語り。


 いきなり指名された店長は「マジかよ」とぼやいている。アルバイトの馬弓まゆみ佐狐さこは、店長が期待に応えてくれることを知っているので、対面の椅子に行儀よく座って待つ。

 しばらくすると店長が話し始めた。


「ばあさんがばあさんから聞いたはなしだ。……ややこしいから『むかし』でいいか。パソコンも携帯電話もない時代のことだよ。

 むかしは台風がくると、よく停電になった。

 停電になると真っ暗になる。そうなると何もできなくなってしまうので、家族は1か所に集まり、ろうそくに火をつけて過ごしていたそうだ。

 はじめは子どもに学校の様子を聞いたりするけど、そのうち話題も尽きてきて、なぜか怖い話へとなっていく。そこで岬の噺がでた――」


『沖縄本島最南端といわれている岬の噺さァ。

 あそこには女のアヤカシが居るわけさァ。

 その女のアヤカシは普段は何もしないけど、あるコトバを言うと怒るわけ。

 どんなに晴れた日でも岬から海に向かってそのコトバを叫ぶと、急に海が荒れだして大波で人をさらうというさァ。

 だからねぇ、岬で言ってはいけないコトバがあるさァ。

 それは「████」。

 これは岬で言ったらダメだからねぇ』


「どうやらこの噺は琉球怪談のひとつらしい。

 俺がこの噺をばあさんから聞いたときは、まだ子どもだったから強烈な内容でとても怖かった。南部にある岬へ行くことがあれば絶対言わないでおこうと思ったよ。

 でもしばらくするとこの怪談のことは忘れた。思い出したのはバイクに乗るようになってからだ」



 高校生になってバイクに乗るようになると、友達とツーリングに出かけるようになった。乗り始めたばかりのころは近場を走っていた。でもすぐに飽きてきて遠出しようとなり、まずは南部へ行くことになった。


 島なので最北端から最南端まで一日あれば行くことができる。全体で見てもそんなに距離はないが、自由に移動できるようになった高校生にとって、中部から南部へ行くことは冒険だ。せっかくなら何か記念になるような場所へ行こうとなり、灯台がある喜屋武きゃん岬が目的地に設定された。


 スマートフォンの地図アプリでルートを調べると、距離は50kmほどで国道を使えば中部から南部まで2時間もかからない。

 思っていたより近いことがわかったので、少し距離は伸びるけど景観のいい海沿いの道路を使うことにした。ルートの確認もできたので、その週の休みに出かけた。


 『南部』と『岬』のワードが出たときに、すぐに子どものときに聞いた怪談を思い出した。

 もしかしたら喜屋武岬は琉球時代から語り継がれている怪談の現場なのかもと期待して、ばあさんに場所の詳細を聞いてみたけど舞台は喜屋武岬ではなかった。


 現場でないことにがっかりしたけど、喜屋武岬を選んでよかったと思った。

 自分が運転したバイクで訪れた最南端の岬は、遮る物がなくて先には水平線が広がっている。晴れた青空と海の濃い青がとてもきれいで、奥まで広がる世界に胸がすっきりとする。島ってこんなに美しいんだと感動した。そして感動と同時に悲しい気持ちにもなった。



「おまえらも少しは知ってるだろう。南部って沖縄戦の激戦地だったんだ。

 喜屋武岬には看板があって『沖縄戦跡国定公園』と書かれている。戦跡国定公園は、戦争の悲惨さを忘れないことや、平和な生活が送れる現状をありがたく思うことなどを大きな目的にしている。

 復興されて戦争があったとは思えないけど、南部では追い詰められた人たちがたくさん亡くなっている。

 喜屋武岬でも、生き延びるため崖をおりようとした人たちが途中で落下して亡くなったり、捕虜になるくらいならと自ら命を絶った過去がある。

 あんなに美しい場所なのに悲しい過去があったと思うと胸が苦しくなったよ」


 ここまで話すと店長は語るのをやめた。


 馬弓と佐狐は黙っていて、スリルが欲しくて怪談を求めていたことを強く反省している。


 重苦しい空気のなか、馬弓が小さな声で話しだした。


「怪談って……人が亡くなっていたり不幸になったりしたから噺として残っているんですよね。

 それを興味本位で聞くのって……。俺って――」


「俺はそんなに悪いことだとは思わないぜ?」


 思いがけない言葉に遮られた馬弓は驚いて店長を見た。いつもと違って真面目な顔で店長が話しだす。


「はじめは興味をもつことでいいんだよ。興味があれば情報は頭に入る。あとは本人が考えて答えを出せばいい。

 怖いのは無関心なことだ。関心がなければ物事は意識に残らないし心も動かない。こればかりは他人がどうこうできる問題じゃないからな」


 そうは言っても、馬弓と佐狐は申し訳ない気持ちでいっぱいになり、二人ともうつむいてしゅんとしている。


 二人の様子から店長は少し言い過ぎたかと思ったが、戦争を知らない世代には沖縄戦のことを聞いている者が伝えたほうがいいと考えている。キツイことだとわかっているけど、もう少し話を続けた。


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