台風が直撃の日は怪談夜語り

神無月そぞろ

「今夜から明日の朝にかけて台風が上陸します」


 前々から島に台風がくるというニュースが流れていて、日に日に風が強くなってきていた。

 今朝のニュースで台風が島に上陸するコースを取ると知り、ずっと落ち着かない。


 昼になって、友達と昼飯を食べているとスマートフォンが振動した。見るとアルバイト先の店長からだ。

 台風がくるから今日は臨時休業するという内容で、バイトは休みという連絡だ。読み終えると思わず叫んでしまった。


「台風が直撃! バイト先へ行こう」


 午後の授業が終わるとすぐに帰り支度をした。友達が遊びの誘いをしてきたが断ると、そそくさと専門学校をあとにしてバイト先へと向かった。



「ちわ~!」


 ドアを開けたと同時に挨拶をすると、カウンターの後方にあるバックヤードから男が出てきた。


馬弓まゆみ? バイトはないって連絡したろ? なんで来たんだ?」


「店長の手伝いですよ」


「いらねーよ。これから風が強くなる。危なくなるから帰れ」


「まあ、まあ。停電になると何かと大変ですからお手伝いします」


「停電するとは限らないだろう。

 それに停電しても冷蔵庫や冷凍庫の中にある傷みやすい物だけをクーラーボックスに移すだけだから一人で大丈夫だ」


「そんなこと言わずに。

 バイト代はもちろん要りませんからお店に居させてください。お願いします。

 あ、でもまかないはありますよね♪」


 深々と頭を下げたあとに、少し首を傾けてにこにこと笑いながら店長を見た。


「ったく」


 店長は言っていることと表情が合ってなくて口元がほほ笑んでいる。くるりと背を向けると「好きにしろ」と言った。


「よおっっしゃっ! ありがとうございますっ」


 一夜過ごせるとわかった馬弓は、店長のあとに続いてバックヤードに入った。



 馬弓は専門学生になってからこの店でアルバイトとして働いている。はじめのころは週に3日程度の勤務だったが、自らバイトの日数を増やしており、可能なら毎日働きたいと思っている。


 お店はカウンターの奥に酒瓶がずらりと並んでて、カフェバーのような造りになっている。でもメニューを見れば、財布にやさしい値段の料理が並んでいて居酒屋のようでもある。


 あまり広くない店内は手が行き届いてて清潔感があるものの、高級感はないので一人でも入りやすい雰囲気を醸し出している。


 そんな店の店長は、黒のシャツに下も黒のズボン、これまた黒の前掛けエプロンを腰にしていて、角ばった顔つきに筋肉質だから見た目は少しごつい。でも笑顔でいることが多く人柄が伝わってくる。

 店長はバイト中にミスをしても叱ることはなく、怪我の心配をする性格なのでスタッフから好かれる頼りがいのある存在だ。


 店は常連客が大勢いて毎晩にぎわう。店長の創作料理が好評なこともあるが、もうひとつ名物がある。それは店長が気まぐれに語る怪談だ。


 店長が語る怪談は怖いというより不思議なものが多い。しかもあまり聞かない内容が多いので創作ではなく体験談が多いよう。

 身近に感じてしまう語りは、ホラー好きにはたまらないもので、馬弓が毎日バイトに入りたい理由のひとつだ。


 馬弓は去年も台風を経験している。

 いくら島の人が台風に慣れているとはいえ、一人で夜を過ごすのは心細いものだ。でも今夜は一人じゃないから不安はなく、安心できたこともあって気持ちに余裕ができている。……それに期待してわくわくしている。


 台風の日は停電に備えて店長がお店に泊まる。

 お店で過ごすと、店長から怪談が聞けるかもしれないのだ。



 店長と馬弓がバックヤードに居ると、いきおいよくドアが開かれて明るい声が響いた。


「店長! 手伝いにきましたよー」


 片手にコンビニ袋をげて裏口から入って来たのはアルバイトの佐狐さこだ。おもての扉は臨時休業の張り紙をつけて施錠したから、わざわざ回って来たことになる。


「あ――! やっぱ、馬弓も来たんか~」


「おう」


 同じ歳だけど違う学校に通っている二人は、今日は連絡を取り合っていない。にもかかわらず、示し合わせたかのように臨時休業になったバイト先に来ている。


「佐狐、おまえにもバイトは休みだって連絡したろ?」


「えぇ~?」


「誤魔化すな。既読になってたぞ」


「いや~、店長に会いたかったんです」


「嘘つけ。何が狙いだ?」


 佐狐と馬弓は見合わせると、にっと笑った。それから同時に店長のほうを向いて早口で言ってきた。


「店長、今夜は店に泊まりですよね」


「ってことは、時間がた~っぷりありますよね」


「俺ら、怖い話や不思議な話が大好きなんです」


 バックヤードしか電気をつけていないので店内は薄暗くて変な感じだ。そんななか、二人は交互に話しながら、じりじりと店長に近づいていく。店長は興奮している二人に気圧されて少し後ずさった。


「それでですね、台風が近づく不穏な夜に怪談を語り合いたいんです」


「バシバシッと猛烈に降る雨!」


「強風でガタガタと揺れる窓!」


「「こんな雰囲気のある夜は、怪談をするしかないじゃないですか!!」」


 最後は声を重ねて力説してきた。

 そんな二人に対して店長は大きくため息をついて肩を落とした。


「要するに、おまえら暇人なんだろ。……ったく、彼女つくれよ」


 最後の台詞せりふはぼそりと言ったけど耳ざとく二人は拾い上げる。


「うわっ、今の言葉は刺さりましたよ!」


「店長! それは禁句です!」


「彼女がほしいのに、できない俺らに酷な言葉ですっ!」


「ひどいっ」


「あー、あー、悪かった、悪かったよ。付き合ってやるよ」


「「店長、大好きです!」」


 二人は打ち合わせすることもなく、阿吽あうんの呼吸で押し切って店長の許可を得た。


 佐狐はバックヤードから走って出て行くと、カウンター近くにテーブルをセッティングし始めた。馬弓は店長の背中を押して席へと誘導していく。最後に佐狐と馬弓でソファを移動させると店長に座るようにすすめた。


 店長は腕を組んで見ていたが、二人が低姿勢で「店長、どうぞ」と言ってくるので席についた。諦めて足を組むと二人に問いかけた。


「で? 誰からはなしを始めるんだ?」


「「…………」」


 二人とも黙っている。にこにこと笑って店長を見たままだ。


「おいおい、俺が話すのかよ」


「「店長、変わった噺をお願いしますっ」」


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