第25話
時刻は、七時三十分だった。
僕は廊下からドア越しに教室内を窺う。
やはり彼女――拝島舞の姿が見えた。
舞はきょろきょろと夏目優衣が来るのを待っている。
なぜ僕が知っているのかと言うと、昨夜、夏目優衣にメールを送って舞を呼び出してもらうように頼んだからだった。
どうせ僕が連絡をしても舞は宣言通りに僕を無視することは明白だった。
それはここ一か月の舞の行動が有言実行という言葉にふさわしい活躍ぶりを発揮していたからだ。
つまり僕は舞を騙した。
騙されたままと言うのも釈然としないから当然だ。
それに――道化師を騙す道化師が居ても面白い。
僕は扉を開いて教室へと踏み込む。
「優衣ちゃん、遅い――――」と舞が振り向いて、息をのんだ。
「おはよう」と僕はそれを無視して舞の元へと近づいていく。すると、舞は黙ったまま後ろへと下がる。僕は一歩近づいた。すると、舞はもう一歩後ろへと下がった。僕はもう二歩近づくと、舞はもう一歩後ろへと下がった。そして、窓際へと舞を追い込んだ。
「……」
舞は黙ったまま僕を見つめた。大きなブラウン色の瞳が動揺しているかのように潤んでいる。僕は肩にかけていたバックを地面へと下して、舞へと向き直る。そして、ぎこちなく窓に向かって手をついた。
すると、びくっと舞が目を閉じた。そして、少しずつぎこちなく目を見開いた。怯えたように目が潤んでいた。舞は小さな唇をわずかに噛みしめた。
目と鼻の先に舞の顔がある。きめ細かな肌が少し朝日に浴びて赤く染まって見えた。心臓の鼓動が聞こえてしまいそうな気がする。
僕は取って付けたように言葉を告げる。
「なあ、舞。拝島舞さん。僕のこれからの生活のために、普通に接してくれないかな?ほら僕って普通の男子でしょ?普通の男子と一緒に居られて嬉しいでしょ?泣いて感謝するべきではないか?……それに言いたいことがある。昨日のメールはおかしいだろ。なぜ謝罪文をPDF文書で送った?普通に業務連絡かと思ったから。それから――約束しただろ。ジュースを奢ってもらうこと。お弁当を作ってきてもらうこと。そして――ピアノの演奏を聞かせてくれること。わかったら、返事は?」
「……私はもう春斗君とは関わらない。あなたの迷惑になりたくない」
「誰がいつそんなことを言った?勝手に判断したのは、舞自身だろう」
「……」
「図星か。的確な意見だろう?」
「……あなた、最低」と舞は泣きそうな顔で言う。
「ん?よく聞こえなかったな?」と僕は挑発するように聞き返す。
「……耳鼻科に通院した方がいいのではなくて?」と舞は泣き笑いの表情で言う。
「今から、僕と仲の良い友達にならないか?」
「……はい」と呟いた舞の瞳に涙が溜まる。
「これから君のことをもっと知りたい」
「……うん」と舞は小さく頷く。
「だから、そばにいて欲しい」
「はい」
いつの間にか舞は大粒の涙を零し始めていた。頬をつたる大粒の涙が糸のように伸びていた。その涙が日の光を乱反射させてギラギラと輝いて見えた。
僕はとっさに舞から離れて、ハンカチを制服から取り出す。そしてそれを舞へと差し出した。すると舞は黙ってそれを受け取った。そしてそっと目元の涙を拭った。そのあと丁寧にハンカチを折りたたんで僕に返した。
それから舞は僕を見つめて、小さく笑みを浮かべた。
「あなたが好き」
「心得た」
僕はそう返事をした。
(終)
ラブコメは嘘から。嘘は僕と彼女から。青春は道化とともに。 渡月鏡花 @togetsu_kyouka
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