編集済
山奥でひっそり霞を食って思索にふけるのも一つの理想かも知れません。
しかし、ロナちゃんは人と交わり共に歩く選択をしました。
闇と光を両輪に、勢いが偏らないよう御する大人として
進んでいくのでしょう。そうセグウェイのように。
ザイドフリードにも、そのチャンスはあったかも。
誤解があってもそれを解消する努力をせず、
自分を理解しない周囲をただ蔑み、独りよがりの逆恨み…。
あー、自分の中にもザイドフリードがいる。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
子供だけど大人になろうと努力したロナちゃんと、大人のくせに子供のザイドフリードという対比になってしまいました。
私も何かきっかけがあればザイドフリードになってしまうかも…。
大人になることは、その選択に責任を持てるようになること。
凄く考えさせられる、本質をついた言葉ですね……
そして、それに気付いたロナちゃんはもう子供ではないですね✨
そしていよいよクライマックス……寂しい。
作者からの返信
ロナちゃんにコメントありがとうございます。
体は子供だけど自分で道を選び、責任を自覚してきたロナちゃんは大人になりました。その道を共に歩み、支え合ってきた仲間がいます。
最後はそんなロナちゃんとは対照的に、自分の弱さを認められず大人になりきれなかった大人との対決になりました。