魔都ガラ・ルーファ(三)

 これほどたくさんの人を見たのは初めてです。重苦しい曇り空の下、ガラ・ルーファの町を背に展開するオピテル侯国軍は約一千人、対するこちらのエルトリア軍主力は三千人以上だそうです。


 前に多くの人を見たのは『豊穣祭』の時ですが、今日はお祭りではありません。これから、これほどの人達が……手に手に武器を持って殺し合うというのです。

 私にはわかりません。みなさん人族ヒューメル同士だというのに、どうしてそんな事をするのでしょうか。どうにかならないのでしょうか。


 ……などという思いも虚しく、やがて『ガラ・ルーファ郊外の戦い』は始まってしまうのです。




 軍靴が地を蹴る音が、鋼を打ち交わす音がここまで響いてきます。数で大きく上回るエルトリア軍ですが、守りを固めるオピテル侯国軍をなかなか打ち破ることはできません。これはやはり『黄金の騎士』リアンさんの存在が大きいのでしょう。


 そしていよいよ、灰色の空にいくつもの翼ある影が現れました。四十、五十、もっといるでしょうか。人族ヒューメルよりも遥かに強靭な体と大きな翼を持つ龍人族、その中でもひときわ大きな影は新たに魔龍公となったザイドフリードさんなのでしょう。




「さあ、一発頼むぜ、大将」


「はい?」


「こういう時は大将が景気良く号令するんだよ。『いくぞ!』とか『総員突撃!』とか」


「ええ……?」


 シャルナートさんとアイナさんが言うことも理解はできるのですが、そんな偉そうなことはできません。私にできるのは皆の無事を願うことだけです。


「ええと……アイナさん、シャルナートさん、フリエちゃん、エミーロ君、ロセリィちゃん、それからイブ、私はみんなが大好きです。みんな無事に帰って、またあのお城で一緒に暮らしましょう」


「うん!あたしもロナちゃん大好きだよ!」


「へっ、甘ったれてやがる。お前はそうじゃねえとな」


「当たり前じゃない!さっさと終わらせて帰るわよ!」


「おう!見てろよ、骸骨のおっさん!」


「お願い、ロナちゃん。この戦いを終わらせて」


「それからって何?あーし最後!?おまけってコト!?」


 みんなが返してくれた思い思いの言葉を胸に、闇色の翼が私を空にいざないます。


「【覚醒リベレーゼ闇の翼ドルアーラ】!」




 灰色の空に舞い上がったのは私とイブ、藁箒わらぼうきに乗るフリエちゃん。他の皆は空を飛ぶことができないので、空を支配する龍人族とは私達が戦わなければなりません。


「龍人族のくせにあーしに逆らうとか、ありえないんですケド!」


 魔龍公の娘だったイブリリスはさすがに龍人族など相手にならず、空中戦にも慣れています。青龍刀の刃ではなく峰や石突いしづきを使って敵を叩き落としているところを見ると、やはり同族とあって手加減をしているのでしょう。




「羽が生えてるくせにノロマね!まとめて相手してあげるわ!」


 フリエちゃんが乗る藁箒わらぼうきは速度でも旋回性能でも龍人族を上回っているようで、追いすがる敵を軽やかにかわしては【暴風ウィンドストーム】の魔法で巻き落としていきます。生意気に見えて意外と優しい子なので、できるだけイブの同族の命を奪わないようにしているのでしょう。




「ええと……」


 私は空に舞い上がったは良いものの、家宝の短剣を闇の翼ドルアーラにしてしまったので武器がありません。龍人族に追い回されるとお二人の邪魔になってしまうので、空中と地上の戦いを見守るだけです。




 にわかには数えられない人族ヒューメルさん達がぶつかり合う地上戦、その中に圧倒的な存在感を放つ人がいました。獅子のたてがみを思わせる豪奢ごうしゃな金髪、金色に縁取られた白銀の鎧、『黄金の騎士』リアンさんが剣を振るい、盾を掲げ、指示を飛ばしています。


「リアンさん!」


「ロナリーテ殿か。ロセリィ様を受け入れてくださり感謝する」


「ロセリィちゃんを逃がしてくれたのはリアンさんですよね!?じゃあもう私達が戦う必要はありませんよね!?」


「残念だがそうもいかぬ。私はこの首をもって責任を取らねばならない」


「生き残った方だってそうです!あの子一人に責任を負わせるつもりですか!?」


「私は代々オピテル侯爵家に仕えてきた。今さら他の道などありはしない」


「それだけですか?それだけですよね!代々って何年ですか?その前は違ったんですよね!」


 私にはわかりません。たかだか数十年、数百年お世話になったからと言って、どうして一人で責任を負わなければならないのでしょうか。どうしてロセリィちゃん一人に残った責任を押し付けようとするのでしょうか。悪いのはあのザイドフリードさん一人だというのに。


 私はなんだか納得がいかなくて、もどかしくて、でもリアンさんを説得できるほどの知識も知恵も経験もなくて、頬を膨らませるだけだったのですが……


「どいてロナちゃん!そいつはあたしがやる!」


 鮮やかな赤毛、たくましい褐色の体に纏うのは深紅の鎧。諸国に名を馳せる『黄金の騎士』と斬り結んだのはアイナさん。


「お、俺も忘れんなよな!」


 声も体も震えて、それでもリアンさんの前に立ったエミーロ君の手には、マエッセンが愛用していた長剣が握られていました。

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