魔都ガラ・ルーファ(二)

 虚しい。


 俺は何もかもが思い通りになる力を得たはずだ。はずだった。


 誰も彼もを、何もかもを見下ろす白亜の城、赤い絨毯じゅうたんが敷かれた玉座の間。

 足下には何人もの愚者どもが転がり、遠くからは無能どもがびる視線を送っている。いいざまだ、俺を馬鹿にしていた奴らは皆こうなれば良い。




『ねえ、ザイドフリード先生って変じゃない?陰険っていうか、何考えてるかわかんないっていうか』


『わかるー。生徒の髪の毛とか集めてそう』


『1組のリザって子、放課後に呼び出されたらしいよ。何してるんだか』


『やだー気持ち悪い』


 根も葉もない噂を並べ立てた以前の魔法学校の生徒どもは、俺の足元であられもない姿を晒している。生きていようが死んでいようが構わない、こいつらはそれほどの罪を犯したのだ。




『最近召し抱えられた魔術師、なんだか怖くない?』


『うんうん。蛙とか蝙蝠こうもりとかさそりとか、生きたまま瓶に詰めてるらしいよ?』


『私この前、じっと見られてた気がする』


『ええ?生贄いけにえにされるんじゃないのー?』


 陰口を叩いていたオピテル侯爵家の侍女どもも同じような末路を辿たどった。当然だ、至高の存在たる俺をあざけった報いなのだから。




「騎士リアン、なんじに命じる。配下の兵を率いて城外にてエルトリア軍を殲滅せよ」


「……わかった」


 諸国に武名を轟かせる『黄金の騎士』リアンさえも意のままだ。老侯爵ワラゴ・アエネウスがこの手の内にある限り、奴は俺に逆らうことはできぬ。人も魔も、誰も俺をあなどることは許さぬ。




 だが……俺が欲しかったのはこんなものか?


 きらびやかな玉座に座る絹服を着た老人。目の前の惨状を見てもほうけたように微動だにしない。いや、加齢のあまり実際にほうけているのだろう。人族ヒューメルの体は魔貴族の寿命に比べてあまりに脆弱ぜいじゃくなのだ。

 侯爵ワラゴ・アエネウス・オピテル、広大な領地を有し、魔血伯ロサーリオの心臓を喰らいその力と寿命を得た者。誰もがうらやむ地位と権力と力と寿命を有しながら、何もしなかった男。


 俺は違う、と自分の姿を眺める。全身を覆う鱗、長大な尻尾、宙を舞うに十分な翼、そして脆弱な人族ヒューメルなど及びもつかぬ力。この手をひとひねりすれば、人族ヒューメルの頭など林檎りんごぎ取るようなものだ。


 そして今、俺はそうした。媚びた笑いと恐怖を浮かべるなんとか卿という死にかけの老人の頭をひとひねりし、ぎ捨てた。




「……つまらん」


 上がった悲鳴と押し殺した悲鳴を無視して、俺は玉座の間を出た。

 俺は何者だ?俺は何をしたかったのだ?この力で……俺は何をすれば良いのだ?

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