魔都ガラ・ルーファ(一)

 畑と花壇のお世話、剣術のお稽古、お洗濯にお掃除。みんな以前と変わらぬ生活を送っていますが、どこかぼんやりとしています。骸骨騎士スクレットマエッセンを失った心の穴は、誰にとってもそれほど大きかったのです。


 城の裏手にある墓地には毎日新しいお花が供えられています。ここに昔から眠るの眷属けんぞくに、今年はベン爺さんと骸骨騎士スクレットマエッセンが加わりました。彼らのおかげで今の私達があるのですから、感謝を忘れてはいけません。




 魔龍公アウラケスの心臓を喰らい、その力を得たザイドフリードは多くの眷属けんぞくを引き連れてガラ・ルーファにあるオピテル侯爵の居城に向かい、瞬く間に制圧してしまったそうです。

 人口三十万の大都市の上空を龍人族が飛び回り、町は不気味に静まり返っているといいます。オピテル侯の孫娘ロセリィちゃんと『黄金の騎士』リアンさんは無事なのでしょうか……




「おい、大変なことになってんぞ」


 いつものようにふらりと出かけていたシャルナートさんが帰ってきました。この人は遊びに行ったかと思えば重要な情報を持ち帰ったり、でもやっぱり遊んでいたりするものですが、この日は……


「ガラ・ルーファに向かったエルトリアの先遣隊が全滅だってよ。上空の龍人族と地上の『黄金の騎士』に手も足も出ねえ有様だ」


 この報告を受けてすぐにアイナさん、シャルナートさんと三人で打ち合わせをしたのですが、いっこうに結論は出ませんでした。

 私達は人族ヒューメルにも魔族にもくみしないという立場なのですから、中立で良いはずです。でもこのお城での戦いで魔龍公を殺してその力を得たザイドフリードさんを、魔都と化したガラ・ルーファの町を放置して良いものでしょうか。


「ぷしゅー……」


「ロナちゃん大丈夫?休憩しよっか」


 問題が難しすぎて頭から湯気が出てしまった私を見て、アイナさんがお休みをとってくれました。亡霊レイエスのリーゼロッテが三人分のお紅茶を淹れてくれて、しばしの休憩……というところに玄関の呼び鈴が鳴り、来客を告げました。




「ロセリィちゃん!無事だったのですね!」


 クリーム色に波打つ髪に白いお肌、お顔も服もお人形さんのような女の子。今日のロセリィちゃんは吸血鬼の格好でも可愛らしいフリルスカートでもなく、地味な旅服を着ています。後ろには五人の騎士さんが控えていて、なんだか怖い顔をしています。ロセリィちゃんは膝を曲げて挨拶すると真剣な眼差まなざしで私を見上げ、以前会った時とは違う口調で言葉をつむぎ出しました。


「魔血伯ロナリーテ殿、当家の恥を忍んでお願いします。どうか魔龍公ザイドフリードを討つため力をお貸しください」


「ちょ、ちょっと待ってください。何が何だか……」




 さらに情報が増えてすっかり混乱してしまったので、ロセリィちゃんを応接室に招いてアイナさんとシャルナートさんにお話を聞いてもらうことにしました。

 ロセリィちゃんはこれから到着するエルトリア軍の主力とともにガラ・ルーファに向かい、新たな魔龍公となったザイドフリードを倒してほしいと言うのです。


「で、でも、ロセリィちゃんはオピテル侯爵のお孫さんですよね?侯爵様やリアンさんと戦うのですか?」


「少しでも犠牲を減らすためです。ザイドフリードさえ倒すことができれば、私の呼びかけで侯国軍は降伏するでしょう」


「リアンさんはご一緒ではないのですか?」


「私がここに逃れてきたのは、リアンの手引きあってのことです。侯爵様ある限り自分は侯国騎士として責任を取らねばならない、魔血伯を頼れと申しておりました」


「そんな……」


「他に道はありません。何卒なにとぞお願い申し上げます」


 ロセリィちゃんは深々と頭を下げました。いわく、エルトリア軍は上空の龍人族とザイドフリードに対抗できない、このままでは先遣隊の二の舞になってしまうと言うのです。

 私はどうしたら良いのかわからず、ふと窓の外を見ようとしたのですが……その窓枠にはいつの間に現れたのか、故人となった魔龍公アウラケスの娘イブリリスが腰掛けていました。


「ロナちん、あいつるんっしょ?あーしもる」

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