魔龍公アウラケス(六)

 魔貴族とはいえこの幼き体、骨を砕く龍の尾、肉を裂く鉤爪、風を切る青龍刀を浴びてはひとたまりもなかろう。だが何らの意図も無く、漫然と振り回されるそれがわらわの身に触れることなど万に一つも有りはせぬ。


無様ぶざまよの、魔龍イブリリス。日々の研鑽けんさんおこたった付けがこのざまじゃ」


「ムカつく!おとなしいロナちん可愛いのに!こいつなんかムカつく!」


「愚かな。わざわざ無駄に口を開いて貧弱な語彙ごいさらすこともなかろうに」


 この程度の安い挑発に乗るもまた無能の証。大きく息を吸い、それを喉奥に溜め、龍の吐息ドラゴンブレスを吐き出すなど、あまりの隙に欠伸あくびが出ようというもの。軽捷に身をひるがえして頭上の優位を奪い、間抜けにも今さら龍の吐息ドラゴンブレスを吐き出す魔龍を見下ろす。


「【覚醒リベレーゼ夜の大剣グラディース】!」


 闇色の翼から黒き大剣に姿を変えし家宝の短剣を手に、所有者の質量を自在に操る夜の大剣グラディースの能力を発現。真上から質量五倍の両足蹴りを受けた魔龍はたまらず地に堕ち、無様にも足と尻尾のみを残して柔らかな芋畑に半身を埋め込んだ。かような間抜け、大剣グラディースの刃を汚すまでもない。


「もうじき収穫の季節じゃ。十分に反省すれば芋と共に掘り出してやっても良い」




 羽虫のごとく飛び回る龍の眷属けんぞく共を両断し、叩き落とし、吹き飛ばす。

 全くもって腹立たしい。魔龍公を名乗る者が私怨のあまり主なき城を襲い、挙句に火を放つとは。魔貴族の誇りも地に堕ちたものよ。


「む?」


 背後の龍が光の矢を胸に受け、蠅のごとく落下。藁帚わらぼうきに乗りて魔の力を操るは我が臣下。


「ロナ!マエッセンが魔龍公と戦ってるわ、助けてあげて!」


「魔龍公じゃと?よかろう」


 いかに武勇に優れし骸骨騎士スクレットといえど、翼ある魔龍公には分が悪かろう。それに奴には愚行の報いをくれてやらねばならぬ、心臓をえぐり出し握り潰してくれよう。




 果たして奴はいた。漆黒の翼をはためかせ宙を舞い、小賢しき骸骨を打ち払わんと強靭な尻尾を叩きつける。だが骸骨は軽捷にも身を躱し、するりと間を詰めて長剣を一閃。これを青龍刀が迎え撃ち火花を散らす。忠実ではあるが愚かな龍人族ドラゴニュートが骸骨の背後から迫るも、剣光一閃にてその身を両断され地に転がる。まさしく死闘、わらわの目にもどちらが勝るかにわかには見えぬ……


「マエッセン!無事ですか!?あっ……」


 私はいつの間にか闇の力ドルナを使い果たしてしまったようです。闇の翼ドルアーラが形を失って短剣の姿に戻り……ということは、もう空を飛ぶことはできません。魔龍公のぎらりと光る目が私を捉えました。


「来たか、魔血伯!」


『ご主君!』


 私の目の前でそれは起こりました。空中で魔龍公とマエッセンの影が交差して、時が止まること数瞬。腰骨を粉砕されて上下に分かれたまま宙に舞うマエッセンと、肩口から脇腹にかけて深々と切り裂かれて苦悶の表情を浮かべる魔龍公。


「マエッセン!」


 私はがしゃんと音を立てて地に落ちたマエッセンしか目に入らなかったので、その瞬間を見てはいませんでした。




「ははははは!他愛もない、これが魔貴族の心臓か!」


 空を見上げるいくつもの視線の先にあったのは魔龍公ではなく、宙でその心臓を手に高笑いする魔術師の姿でした。


 確かこの人は……ザイドフリードさん、フリエちゃんの先生だった人です。

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