魔龍公アウラケス(三)

 騎士として二百余年、骸骨騎士として百余年。長きにわたりレント家にお仕えして参りましたが、どうやら今日でおいとまを頂くことになりそうでございます。


 心残りはございません、いつかこの日が来ることは避けられぬ運命さだめでございます。


 先代様が亡くなられ、やがて病魔に侵された奥方様はいざという時のために私を封印致しました。まだ幼い娘を残して世を去らねばならぬご無念、いかばかりかと存じ上げます。


 昼なお暗い闇の城ドルアロワにただ一人残されたロナリーテ様も、さぞかしご苦労なさったと拝察致します。あの日偶然にも封印が解かれ、レント家にあだ為すものを打ち払わんと悲壮な覚悟で蘇ってみれば、日に日に賑やかになる闇の城ドルアロワ。あの時ほんの幼子おさなごであったロナリーテ様はかくも優しく愛らしく成長され、良きご友人に囲まれ、もはやいささかの心配もございません。


 願わくば先代様の代わりにお輿入こしいれの日を見届けとうございましたが、それも叶わぬ夢。ならば最後にこの身を賭して道を切り開くのみでございます。


『私は骸骨騎士スクレットマエッセン。貴方方あなたがた黄泉よみの国に至るまでの短き間、よろしくお付き合いください』




 するりと間合いを詰め、敵の只中にてゆるりと剣を舞わせば、鉤爪かぎづめのついた腕が、力任せに振り回される尻尾が、私を喰らわんと牙を剥くその首が、血の尾を引いて乱舞致します。


『さあ龍どもよ。このマエッセンの剣舞、止めてみせよ』


 ドラゴンの鱗とて、我が剣の前には紙切れも同然。廊下にひしめく龍の眷属けんぞくどもも我が剣舞に耐えかねたか、雪崩なだれを打って城外へ。


『良いでしょう。城内では後始末が大変ですからな』


 城外に逃れた龍どもは宙に舞い上がり、一斉に高熱の炎を浴びせかけまする。広い屋外であれば翼ある彼らが有利、龍の吐息ドラゴンブレスを防ぐ手立てなど無く、私の剣は届かない。その判断は妥当なものでございます。しかし。


『それを油断と呼ぶのでございます』


 身をひるがえして城の壁を蹴り、破られた二階の窓枠に飛び乗りて身を屈め、骨ばかりの膝に力を溜めてさらに跳躍。一文字に剣先を突き出せば、易々と龍の鱗を貫きその背まで貫き通す。堕ちゆくしかばねを蹴りて宙を駆け、新たな龍に飛び乗りてその背を貫き、その屍が落ちるよりも早く虚空にて剣を舞わす。私が久々に大地に立ったその横を、ばらばらと音を立てて龍の残骸が落ちて参りました。




『……さすがに無傷とは参りませんか』


 見れば肋骨が三本ほど欠け、先代様より授かりし軍服も左の肩から脇腹にかけて大きく焼け焦げておりました。もし私に血肉があれば激痛にさいなまれていたことでございましょう、この時ばかりは骨ばかりの身に感謝したものでございます。


『む……?』


 やけに攻めの手が緩んだものといぶかしんだのもつかの間、城の各所から火の手が上がり申した。我らを手強てごわしと見た魔龍公が部下に命じたものでございましょう。


『卑怯なり、魔龍公!魔貴族たる誇りがあるならば我が剣を受けよ!』


 その声に応えたか、僅かばかり恥を知る心根が残っていたか。陽光をさえぎりしは巨大なる龍人の影。


小癪こしゃくな骸骨めが。力の差を思い知らせてくれよう」


 巨躯に相応ふさわしき翼、長大なる尾、全身を覆う漆黒の鱗。青龍刀を手に我が眼前に立つは魔貴族が一体、魔龍公アウラケス。私の最期を飾るに相応ふさわしい敵手とお見受け致す。

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