魔龍公アウラケス(二)

 参ったな。敵が来る前に蝙蝠こうもりのピッピちゃんを飛ばせたのは良かったけど、ロナちゃんが戻ってくるまでにはしばらく時間がかかると思う。




 空から現れた魔龍公アウラケスとその眷属けんぞくは拭き掃除をしたばかりの窓を割り、洗いたてのカーテンを引き裂き、皆が笑顔で集う食卓を蹴倒して、次々と闇の城ドルアロワに入ってきた。せっかくみんなでお城を綺麗にしたっていうのに、ほんと頭にくる。


 突然の奇襲を防ぐすべはなかったけど、幸いだったのは皆が無事だったこと。骸骨さん、亡霊ちゃん、エミーロ君、子供達、全員がこの大広間に集まっている。


 これは敵が現れたときの手順と避難場所をシャルが考えてあって、何かにつけて子供達に言い含めてあったからだ。適当で計画性がなくて金遣いが荒いけど、頭が切れて先がよく見える奴なのは間違いない。

 避難場所にこの場所を選んだこともそうだ、窓がなくて入口は両開きの大扉が一つだけ。あの扉から入って来る奴らをみんなぶった斬ってしまえばいい、そのうちロナちゃんとシャルが帰ってくるはずだ。


「さあ!ロナちゃんとシャルが戻ってくるまで、あたし達でこの城を守るよ!」


「う、うん……」


「声が小さい!」


「お、おー!!」


 がしゃん!と鎧を鳴らして気合を入れると、弱々しいけど皆から声が上がった。

 あたしだって自信があるわけじゃない。なにしろ相手は魔貴族、それもドラゴンの力を宿すという魔龍公アウラケスとその眷属けんぞく達だ。あたしの剣がどこまで通じることか。

 でも、子供達の前で弱気なところを見せるわけにはいかない。あたしはご主君の留守を守る騎士なんだから。


 廊下の向こうでたくさんの気配がした。続いて何度も何度も扉を叩きつける重い音。分厚い木の扉が揺れ、きしみ、たわんで……とうとうこちらに向かって破られた。

 蜥蜴とかげのような表情のわからない顔、長く伸びた首、全身を覆う鱗、武器を握れない手の代わりに鋭く尖った鉤爪かぎづめ。勢い余って転がり込んでくる……なんていったっけ、この種族。龍みたいな人みたいな奴、大剣の一閃でその首をね飛ばした。


「来い!この『猛牛』アイナさんが相手だよ!」




 ……もっと戦えると思った。目の前の龍みたいな人みたいな奴は四匹目か、五匹目だったか。鉤爪かぎづめだけじゃない、強靭な尻尾の打撃、大きな口の奥に並んだ鋭い歯、おまけに高熱の『龍の吐息ドラゴンブレス』。

 力も生命力も私達人族ヒューメルとは比べ物にならない、自慢の金属鎧も凹んで焦げて傷だらけ。あんなに体を鍛えたのに、あんなに訓練を積んだのに、種族としての差がこんなにあるなんて。このあたしが一対一で精一杯だなんて。


「お父さん……こんな気持ちだったのかな」




 お父さんはエルトリア王国の一代騎士エクエスだった。体が大きくて毛深くて、でもくりっとした丸い目が可愛らしかった。小柄なお母さんと子供のあたしを両肩に乗せてもびくともしない、強くて優しい人だった。


 あの日お父さんは、「ちょっと仕事に行ってくる」と言って家を出た。

 ……そして、いつまで待っても帰って来なかった。小さな村をたくさんの妖魔から守って亡くなったと聞いたのはしばらく後、傷だらけの兵士さんが帰ってきてからだった。


 それから何年かしてお母さんも亡くなった。もともと体が弱くて病気がちだったのに、あたしを育てるのに無理をして働いたからだ。何も知らないあたしはたくさん食べて大きくなって、反対にお母さんはどんどん痩せて小さくなっていって、あたしが働けるようになった頃にはもう手遅れだった。


 だから家族を失う悲しさも、一人で生きていく辛さもよく知ってる。ロナちゃんが、あんなに小さくて優しい子が、暗く湿った大きすぎるお城で私達人族ヒューメルおびえて暮らしていたなんて知ってしまったら放っておけない。暖かい部屋で温かいご飯をたくさん食べさせてあげたい。あの子が帰って来る場所を守らなきゃいけない!


「だから……負けない!」


 眼前に迫った鉤爪かぎづめかわして一撃。龍の吐息ドラゴンブレスを吐こうと息を溜めたところにもう一撃。龍みたいな奴の首が二つ宙に舞った。どんなに苦しくても辛くても、ご主君を守る騎士は負けてはいけないんだ。




『お見事です、アイナ殿。この場は任せましたぞ』


「骸骨さん……?」


 がちゃり、と鎧の肩当てに手を置かれて驚いた。目の前の龍みたいな奴に気を取られていたとはいえ、あたしが背後の気配を読み損ねるなんて。振り返ることさえできなかったなんて。




 この骸骨さん、たぶん……今まで出会ったどの相手よりも強い。

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