魔龍公アウラケス(一)

 私はルイエル村の西方、馬車で一日の距離にあるベンデンという町に来ています。


 魔貴族やオピテル侯国に関する一連の事情をエルトリア王国の連絡員さんに説明するためで、まだ完全には傷が癒えていないシャルナートさんと一緒です。

 シャルナートさんはやや顔色が優れない様子ですが、こういった事は早い方が良い、遅れれば何かと憶測を呼び不測の事態を招くと言うのです。




 待ち合わせの喫茶店の屋外席で待っていた連絡員さんは二人、中年のおじさんと若い女性でした。女性の方は私を安心させるためか柔らかな微笑を浮かべて、ゆっくりとした口調でご挨拶しました。


「あなたがロナちゃんね?初めまして」


「ど、どうも。はじめまして……」


 飲み物を頼んで良いと言うので、ちょっと寒い日の屋外席だったこともあり温かいお紅茶を頂くことにしました。

 お二人は挨拶の後にお名前を教えてくれたのですが、緊張していた私はすぐに忘れてしまいました。なにしろお二人とも笑っているのに、どこか鋭い目をしていて怖かったのです。


 私の緊張と警戒を悟ったのでしょうか、シャルナートさんが『魔貴族の夜オルエデン』のこと、最近のオピテル侯国のこと、自身が襲われた夜のことを手短かに伝えました。私と違って簡潔で客観的で冷静で、これだけでずいぶん頭が良い人なのだとわかります。


「わかりました。それじゃあロナちゃん、私達はあなたの考えを聞きたいの。話してくれるかな」


「ひゃ、ひゃい。ええと……」


 私はつい緊張のあまり、シャルナートさんを見上げてしまいました。この人は人前だというのに長い足を組んで、右手を背もたれの後ろに回して、非常にだらしない格好をしています。が、この時ばかりはそれがとても頼もしく感じたことも確かです。


「心配ねえよ。こいつらもあいつらも、そっちの奴も、この店も、周りじゅう俺の仲間だ。聞かれて構わねえ」


 そう言われて気付いたのですが、三方のテーブルに二人ずつお客さんが座っていて、ちらちらとこちらをうかがっています。なので心配ないと言われても余計に緊張してしまいました。


「そ、その、私は……」




 シャルナートさんと違って私のお話はつっかえつっかえで、すごく時間がかかったと思います。でも一生懸命に、『人族ヒューメルと魔族どちらにもくみせず、いろいろな種族も受け入れる場所を作りたい。そのためにも闇の城ドルアロワ周辺の自治とルイエル村との平和的な交流を目指したい、エルトリア王国からその許可を得たい』という希望をお伝えしました。緊張のあまり自分でもよくわからない説明だったと思うのですが、女性の方が親身に聞いてくれてどうにか伝わったようです。


 ここでようやく中年のおじさんが口を開き、私の考えを国王陛下にお伝えする、心配いらないよ、と言ってくれたのでとても安心しました。すっかり喉が渇いてしまったので麦酒エールを頼もうかと思ったのですが、ちょっと図々しいかもしれないので我慢することにしました。




「ふう……緊張しましたぁ」


「上出来だ。まあ、これで悪いようにはならねえだろ」


「ありがとうございます。ではピッピ、闇の城ドルアロワの皆さんに伝えてください。無事に終わりましたよ、と」


 喫茶店を出たところで蝙蝠こうもりのピッピを飛ばして、お仕事は終わりです。


 この日泊まった宿屋では役札ポーカーで大勝ちしたシャルナートさんが飲みすぎて派手に嘔吐リバースしたり、酔っぱらいのおじさんに私がお尻を触られたりという事件はありましたが、翌日の朝にはルイエル行きの乗合馬車に乗ることができました。あとはゆっくり帰るだけだと思ったのですが……




 いつしか馬車の中で眠ってしまった私をシャルナートさんが揺り起こしました。慌てた様子のピッピが馬車の外で羽ばたいています。もう闇の城ドルアロワまで往復してきたのでしょうか、この昼間にどうしたのでしょうか?


「どうしたのですかピッピ、そんなに慌てて……えっ!?」


 ピッピが言うには、多くの眷属けんぞくを引き連れた魔龍公アウラケスが闇の城ドルアロワに迫っているとの事でした。正直なところあまり覚えていないのですが、そういえば魔貴族の夜オルエデンではずいぶんとにらまれていたような気もします。それにしてもあまりに急だと思うのですが……


「ちっ、魔貴族のくせに感情優先の愚者バカかよ。行動が読めやしねえ」


「ど、どうしましょう?」


「行けロナ、お前が皆を守れ!」


「はい!【覚醒リベレーゼ闇の翼ドルアーラ】!」


 私は馬車の窓から飛び出すと、闇の翼ドルアーラを一杯に広げました。




「アイナさん、今行きます!」


 見る間に馬車が、道が、町が、小さくなっていきます。それでも深い森の奥にたたずむ古城は、まだ見えません。

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