ロナの四騎士(三)

「あ!アイナさんアイナさん!起きましたよ!」


 重傷を負ったシャルナートさんが目を覚ましたのは、翌々日の午後でした。寝不足の私は椅子に座って船を漕いでいたのですが、それを見て急いでアイナさんを呼びに行きました。


「うるせえな……なんだよ、俺ぁ生きてんのかよ」


 そうなのです。シャルナートさんはあの豪雨の中で何者かに襲われ、普通ならば助からないほどの刺し傷でしたが、フリエちゃんの魔法と私の闇の力ドルナでなんとか一命を取り止めて今に至ります。




「あんたさ、ただの冒険者じゃないよね?何か隠してることくらいあたしでもわかるよ」


「ああ、今さら隠してもしょうがねえ。俺ぁエルトリアの飼い犬だよ」


 大きな体のあちこちに包帯を巻いたアイナさんに問い詰められたシャルナートさんは、観念したようにご自分のことを話してくれました。身なりの怪しい冒険者、お金遣いの荒い賭博師ギャンブラー、美貌の歌い手、いくつもの仮面に隠されていた彼女の正体は、オピテル侯国を傘下に抱えるエルトリア王国の密偵だったそうです。


 その任務は『オピテル侯国の情勢を定期的に報告すること』。ですがガラ・ルーファの冒険者として潜入しているうちに私と知り合ったことで、魔貴族である私がエルトリア王国に敵対しないか監視するという任務が新たに加わったのだそうです。




「おかしいだろ?百何歳のじじいが侯爵家の当主で、残ってんのは孫娘一人だけ。他はみんな死んじまったか追放されたかだ。何かねえ方がおかしいってもんだ」


 シャルナートさんが言うには、魔血伯ロサーリオの心臓を食べて長寿を保った侯爵様も次第に衰えを自覚したのか、怪しげな魔術師を雇い、不老不死を願って色々な薬に手を出したのだそうです。その結果……


「侯爵はもうとっくに正常な判断はできなくなってんだよ、平たく言やあボケてんだ。もともと溺愛されてたあのロセリィっていうガキだけが賢く立ち回って、『黄金の騎士』を後ろ盾にして生き残ってんだよ」


 あの明るく元気なロセリィちゃんに、そんな事情があったなんて知りませんでした。ロセリィちゃんは私を友達だと言ってくれました、大切なお友達のために何かできることはないのでしょうか。




「それで、一昨日おとといの奴らは誰なの?」


「刺客の顔に見覚えなんてねえし、憶測で物を言うのは好きじゃねえが……」


 あの夜シャルナートさんは定期連絡のため、エルトリア王国の連絡員と待ち合わせをしていました。これまでにも刺客の気配を察したことは何度もあったものの、勘を働かせて上手く立ち回っていたそうです。


 命を狙われる心当たりはたくさんありすぎるそうですが、人族ヒューメルと魔族の間で不安定な立場にある私を襲い心臓を奪う、そのためにはエルトリア王国と繋がっている上に頭の切れるシャルナートさんが邪魔だと考えるのは……


「つまりな、魔貴族と揉め事を起こしたい奴がいるんだ。その心臓を狙ってな」


 シャルナートさんは思わせぶりに言葉を切りました、どうやら心当たりがあります。


「刺客の中に魔術師の男がいた。俺が言えるのはそれだけだ」




 私はその人を思い浮かべてシャルナートさんと目を合わせたのですが、アイナさんはしばらく腕を組み、首をひねり、天井を見上げ、やがて思いついたように両手を打ち合わせました。


「わかった!ゾイドなんちゃらって奴!そうでしょ!?」


「名前が違ぇよ……それに憶測で物を言うのは好きじゃねえって、さっき言ったよな?」




 そうでした。アイナさんは人の話を聞くことと、人の名前を覚えるのが苦手なのでした。

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