ロナの四騎士(二)

 雷鳴の中、いくつもの黒い影が交差する。時折り銀色の光が宙を走り、音を立てて降り注ぐ豪雨に赤い色が混じる。

 続けざまに襲い来る刺客を三人まで仕留めたが、代わりに三ヵ所の浅手を負った。脇腹、左腿、右腕、致命傷でこそないが、もうまともに戦える状態じゃねえ。さらに網を縮めてくる黒い影は残り五つか六つか。


「ざまぁねえな。ガキに情が移っちまったのが運の尽きか」


 油断といえば油断か。だがこの勝負には最初から勝ち筋なんぞ無かった、俺としたことが引き際を誤ったもんだ。


「どこの手の者だ?俺が狙いか、それとも……」


 答えの代わりに飛び込んできた影が三つ。一つめを細剣レイピアで突き通し、二つめは死体を盾にして防ぎ、三つめは水溜まりに体を投げ出してかわし、跳ね起きると同時に地面を蹴った。

 いける。このまま森に飛び込んじまえば真っ暗闇だ、俺の足に追いつける奴なんざそうはいねえ。目の前の黒い影を蹴り倒して森の奥へ……


「夜を夢を影を、絶望をつかさどる闇の精霊、その黒き手を以ての者をいましめよ。【影の束縛シャドウバインド】」


「うおっ!?」


 束縛の魔法だと!?こんなものを使える奴がそうそういる訳はねえ、こいつは……


「シャルナート・エスターク、エルトリアの犬めが」


 いらついたような、あざけるような声。続いて冷たいものが胸と腹と背中を貫いた。泥と血にまみれて水溜まりに沈むたぁ、勝ち目の無い賭けから降りられなかった賭博師ギャンブラーにはお似合いの最期だ……


「シャル、どこ!?返事して!」


「こっちです!ピッピがこっちですって!」


 アイナの大馬鹿野郎、ロナまで連れてきやがって。だからお前は阿呆だってんだよ……その単純さ、嫌いじゃなかったけどな……




 叩きつけるような雨、遠くで響く雷鳴。水溜まりの中に誰かが倒れています。あの背格好、着崩した服装、もしかして……


「シャルナートさん!」


「ロナちゃん、駄目!」


 その忠告を聞かなかった私が悪いのです。一斉に投げつけられた短剣をその大きな体で受け止め、身代わりになったのはアイナさんでした。


「アイナさん!しっかりしてください!」


 水溜まりに膝をつくアイナさん、助け起こそうとする私に向かって、いくつもの黒い影が飛び込んできました。もう迷っている暇はありません。


「【覚醒リベレーゼ黒の大鎌ファルチェ】!」


 闇の中、大鎌ファルチェを振るうこと二度、三度。襲い来る影を五つ両断しました。手が、足が、首が転がっています、この豪雨でも隠すことのできない血が流れています。それでもまだ人の気配がします、底知れない悪意が吹き付けてきます。


「どうしてこんな事するんですか……人族ヒューメルさんと仲良くしたかったのに……私……」


「駄目だよ、ロナちゃん」


 闇に飲まれかけた私の心を引き戻してくれたのは、いくつもの短剣を体に突き立てたまま立ち上がったアイナさんでした。


「大丈夫、シャルも生きてる。だから闇に飲まれちゃだめ。心を強く持って、あたしがついてるから」


 その声に小さく頷いたとき、いくつかの足音が近づいてきました。かちゃかちゃと人のものではない足音はマエッセンでしょうか。


「おーい!ロナ、アイナ、そこにいるのか?」


 エミーロ君の声に顔を上げると、これまで私に吹き付けていた強い悪意がようやく消え去ったのです。

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