ロナの四騎士(一)

 これが本物の二日酔いというやつなのでしょう、体調が戻ったのはその日の夕刻になってからでした。私を送り届けてくれたイブはとっくに『龍の巣』に帰ったそうです。


「うう……夕食はスープだけで結構です」


 まだ少し吐き気が残っているのですが、リーゼロッテが作ってくれた玉葱スープを少しずつすするとだいぶ落ち着いてきました。夕食の席ではみんなそれぞれの言葉で無事の帰還を喜んでくれたものです。


「無事に帰って来れて良かったよ。お姉ちゃん心配したんだからね?」


「まあこいつ、おっさんに好かれそうだからな」


「まったくもう、気をつけなきゃダメよ!男はみんな少女嗜好ロリコンなんだから!」




 夕食後には食堂に残ったアイナさん、シャルナートさんとの三人で今後の対応を話し合うことになりました。骸骨騎士スクレットのマエッセンにも同席してもらえるよう頼んだのですが、『私は既に命なき身。今を生きる方々の決定に従います』と断られてしまったのです。


「魔龍公の怒りは収まらねえだろうが、どうせ夢魔インキュバスを殺した時点で睨まれていたんだ、これはもう仕方ねえ。じゃあザイドフリードって奴の提案に乗ってオピテル侯国の傘下に入れば良いかと言うと、これも駄目だ。仮にもこいつは魔貴族、人族ヒューメルの国と手を組むなんざ他の魔貴族が納得するわけがねえ」


 シャルナートさんの声も表情も、いつになく真剣です。いつもの軽薄そうな口調と飄々ひょうひょうとした態度はどこにも見当たらず……まるで、まるでこれから起きることを知っていたかのようでした。


「ロナ、人族ヒューメル全員と仲良くしたいなんて甘ったれた考えは捨てろ。この人は良い人、この人は悪い人、とかいう単純なものでもねえ。善人が結果的にお前を蹴落としちまうこともあれば、悪人と手を結ばなきゃいけねえ場合もある。何を取って何を捨てるのか、お前自身が考えるんだ」


 珍しく曖昧あいまいな言葉を残して食堂を出ていくシャルナートさんを、アイナさんと私は顔を見合わせて見送ったのです。




 ……ちっ、嫌な雨だ。雨も雷も気配を隠すには絶好の条件だ、この分厚い雨雲じゃあ月明かりも届きやしねえ。洋燈ランプを持ち歩くなんざ片手が塞がる上に位置を知らせているようなもんだが、さすがに夜目が効く俺でも無灯で出歩くわけにはいかねえ。


 嫌な予感がしやがる。ひりつく勝負も分の悪い賭けも嫌いじゃねえが、数字や理屈じゃ説明できねえこの『予感』ってやつが厄介だ。終わってみればただの気のせいで済むこともあれば、忘れられねえ後悔の種になることもある。


 死と隣り合わせのこの仕事、こういう『予感』が無ければ長生きできねえ。だが今回ばかりはこれを無視して動かなきゃならねえ、しかも役札ポーカー台に載せる賭札チップは俺自身の命だ。ロナ、アイナ、クソガキ共、ずいぶんと深入りしちまったもんだ。




「よう、待たせたな」


 黒い外套ケープから雨粒を振り落とす。大木に背を預ける人影に声を掛ける、だが返事は無い。

 雷鳴がとどろき白い光が辺りを照らし出す。妙に項垂うなだれている馴染みの連絡員の顔は蒼白く……その体は胸を貫く小剣で大木に縫い付けられている!


「ちっ!」


 洋燈ランプを投げ捨て、腰の細剣レイピアを引き抜く。振り返る間もなく闇を裂いて鈍い光が走り、脇腹をかすめていった。

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