魔龍公とロナの四騎士

魔貴族の夜(一)

 アイナさんと一緒に闇の城ドルアロワに戻ると、待ちかねた様子のフリエちゃんが玄関で出迎えてくれました。


「ちょっと、また変なのが来てるわよ!」


「また?」


 確かに最近の闇の城ドルアロワにはフリエちゃんやイブなど奇妙なお客さんが多かったのですが、「変なの」とは誰のことでしょうか。




 答えはすぐにわかりました。フリエちゃんにかされて向かった応接室で、魔龍公アウラケスの娘イブリリスが待っていたのです。

 ただ待っていただけではありません、呆れるシャルナートさんの前で盛大に骨付き肉を食い散らかしています。食器を使うという概念が薄い種族なので仕方ないのですが、テーブルや椅子に絨毯じゅうたんまで、そこらじゅうが脂だらけです。


「イブ、留守にしていてごめんなさい。急にどうしたのですか?」


「ロナちんうぇーい。ちょっち食い終わるまで待ってて」


 中の方はほとんど火が通っていない骨付き肉を荒々しく食べ終えたイブは、まだ血と脂がついている骨を後ろに投げ捨てました。あまり常識にこだわりそうもないシャルナートさんもさすがにこれは頭にきたのでしょう、こめかみに青筋を立てています。


「おかわり」


「ねえよ。いい加減に用件くらい言ったらどうだ」


 名残惜しそうに脂まみれの指を嘗めたイブはようやく用件を伝えたものですが、それは私にとって非常に驚くべきものでした。


「『魔貴族の夜オルエデン』やるってよ。今すぐ」


「『魔貴族の夜オルエデン』!? 今すぐ!?」


「今すぐ。超巻き巻き。魔大公来てるもん」


「魔大公さん!?」


 これは大変です。急いでお部屋に向かい、正式な服装に着替えます。黒いワンピースに裏地が赤い黒外套マント、家宝の短剣を腰の後ろに。今回ばかりは誰も、ピッピもポンタも連れていけません。私一人で向かわなければならないのです。




魔貴族の夜オルエデン』とは魔族の長、魔大公アスラームが開く魔貴族の集会のことです。三十年前の人族ヒューメルとの戦争の際に開かれたそうなので、今回はそれ以来ということになるのでしょう。

 今このあたりにいる魔貴族、それも『魔貴族の夜オルエデン』に参列できる伯爵以上の爵位を有する者は魔龍公アウラケス、鬼人候グラウケス、それから私だけのはずです。


 もちろん嫌です、怖いです。魔大公さんは顔を見たこともありません、どんな会合なのかもわかりません、何を話し合うのかもわかりません。でも魔貴族にとって『魔貴族の夜オルエデン』への出席は義務なのです、もうお父さんはいないので私が出席しなければならないのです。


 視線を動かすと、私を抱いたお父さんとお母さんの肖像画が微笑んでいました。


「ちょっと『魔貴族の夜オルエデン』に行ってきますね。大丈夫ですよ」


 そう伝えてもう一度鏡の前でくるりと一回転。意を決して部屋を出ました。




「魔血伯ロナリーテ、『魔貴族の夜オルエデン』出席の準備が整いました。魔龍イブリリス、ご案内をお願いします」


「へえナマイキ、それっぽいじゃん。じゃあ連れてったげる」


 窓から飛び出したイブに続いて、私も開かれた窓の枠に足を掛けました。


「待って、ロナちゃん!」


「おい待て、俺も……」


「急ですみません。アイナさん、シャルナートさん、お留守をお願いします」


 言葉と同時に家宝の短剣をひと振り、水色の空に飛び出します。


「【覚醒リベレーゼ闇の翼ドルアーラ】!」


 イブが蝙蝠こうもりに似た羽を、私が闇の翼ドルアーラをはためかせ、夏色の空に舞い上がりました。眼下にはどこまでも、どこまでも続く深い森が広がっています。

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