黄金の騎士と侯爵令嬢(三)

 大きな町のとても大きなお城です。人口三十万とも言われるガラ・ルーファの町、それを見下ろす高台にそびえる白亜の宮殿。それがオピテル侯爵様の居城です。


 大きさだけならば闇の城ドルアロワも負けていないのですが、純白の外観といい細部まで施された装飾といい、敷地の広さといいお出迎えの人数といい、何もかもが違います。

 つい圧倒されてしまった私は間抜けな顔で口を開けるばかりだったので、アイナさんが門番さんに来訪の目的を告げてくれました。そうでした、私達は観光のためにここを訪れたのではなく、お招きされて来たのです。


「ロナリーテです!ロセリィ様のお招きに応じて参りました!」


 やがて現れたのはクリーム色に波打つ髪に白いお肌、若草色のフリルスカートに薄桃色のカーディガン、お顔も服もお人形さんのような女の子。豊穣祭では吸血鬼の格好をしていましたが、きっと何を着ても可愛らしいのでしょう。


「ロナちゃん!来てくれてありがとう」


「ロセリィちゃん様、本日はおみゃねき頂きまして、ええと……光栄に存じますです?」


「うん!こっちだよ!」


 緊張して変なご挨拶になってしまったにもかかわらず、ロセリィちゃんは私の手を引いてお城の中を案内してくれました。意外と活発な子なのかもしれません。




「お祖父じい様、友人のロナリーテ様をお連れしました」


 大きなお城とロセリィちゃんの強引さに戸惑うばかりの私でしたが、その言葉の意味を理解した瞬間、心臓が大きく跳ねました。ロセリィちゃんのお祖父じい様ということは、オピテル侯爵様……リアンさんから献上されたお父さんの心臓を食べた人、ということになります。


 それほど広くも明るくもないお部屋。春も終わりだというのに暖炉にはまきがくべられ、ぱちぱちと音を立てています。その前に置かれた革張りの安楽椅子に深く腰掛け、膝掛ひざかけで腰から下を覆ったご老人。この人がお父さんの心臓を……


「お初にお目にかかります、ロナリーテ・レントです。ロセリィ様のお招きで参りました」


「……うむ」


 弱々しいお声。不思議なことに私は何も感じませんでした。もしかするとこの人の心の闇に影響を受けるか、私自身が恨みのあまり闇に捕らわれてしまうかと思っていたのですが、本当に何も感じません。目の前に座っているのはただの病み衰えたお爺さんであって、恨みつのる怨敵とはとても思えません。むしろこの人に残された時間の少なさに同情を覚えてしまいそうです。




 そのような私の内心を知ってか知らずか、ロセリィちゃんはすぐに侯爵様のお部屋を辞して中庭へ。たっぷりと陽の光が差すそこでは、すでにお茶会の準備が整っていました。


「うわあ、すごいです!」


 タルトタタン、マカロン、シュトーレン、名前しか知らなかったお菓子が所狭しと並んでいます。白磁のティーセットに注がれたお紅茶もお上品な香りで、物語に出てくるお嬢様のような気分になりました。


「アイナ様もこちらのお席にどうぞ」


「いえ、私はロナちゃんの護衛だから……」


 私の後ろに仁王立ちしていたアイナさんもロセリィちゃんにうながされて席に着き、最初は遠慮していたもののだんだんと勢いがついてしまったのか、あっという間にテーブルの上のお菓子を食べ尽くしてしまいました。


「すごーい、アイナさん!」


「はっ、私ってばつい……」


「いいの、たくさん用意してあるからどんどん食べてね!」


 恐ろしいことに、次々とお菓子が運ばれてきてはアイナさんの胃袋に収まっていきます。さらにはロセリィちゃんがそれを面白がってまたお菓子を注文するので、侍女の皆さんは大忙しです。

 ようやくアイナさんが満腹したのか、それともさすがに遠慮したのか、事態が落ち着いた頃には侍女の皆さんが肩で呼吸をしていました。


「そういえばリアンさんはいらっしゃらないのですか?」


「リアンもロナちゃんに会えるのを楽しみにしてたんだけど、急用で不在なの。申し訳ないとお伝えください、って言ってたよ」


「そうですか、残念です」


『黄金の騎士』リアンさんはお父さんのかたきではあるのですが、恨むことはできません。あの人の中に心の闇は無く、堂々と光の当たる道を歩んできた誇りがうかがえますから。




 うららかな陽射しの下で楽しい時間を過ごしていた私達でしたが、ふと影が差しました。


 背の高い人影です。顔を覆うほどの長い黒髪と黒い外套ローブのせいか、存在そのものが影でできているかのようです。私は思わず体をすくめ、アイナさんに至っては腰を浮かせて腰に手を伸ばしました。ただそこにいつもの大剣はありません、お城に入るときに預けてしまいましたから。


 細長い影は、にやりとしか表記できないような笑いを顔の部分に浮かべました。


「ザイドフリードと申します、魔血伯。またお会いしましたな」




 ざわ、と胸の奥で闇がうごめきました。


 お父さんを倒したリアンさんからも、お父さんの心臓を食べたオピテル侯からも感じなかった心の闇を、この人からは確かに感じたのです。それも底が知れない、魔界を貫き奈落アビスに行き着くほどの暗い闇を。


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