闇の城防衛戦(四)

 闇の城ドルアロワの上空にて向き合うは小賢こざかしき羽虫。我がしもべを傷つけたる罪、その血であがなわせてくれよう。


「きみはあの時の吸血鬼か?ずいぶんと雰囲気が違うな」


「知ったことではない。そのけがれた血、一滴残らず吸い尽くしてくれよう」


 力強く羽ばたいた闇の翼ドルアーラを閉じ、身を傾けて小旋回。放たれた【光の矢ライトアロー】を回避しつつ宙を疾駆する。羽虫のごとく飛び回る魔術師の後背に迫り、その首筋に喰らい付かんと牙を剥く。だが。


「草木の友たる大地の精霊、その命の欠片かけら、集いてはしれ!【葉の旋風ワールリーフ】!」


「ちっ、面妖めんような!」


 目眩めくらましの魔術か。渦巻く木々の葉が、下草がまとわりつき、にわかに視界を失う。さらに舞い上がり姿勢を立て直すも、小賢こざかしき敵手は既に地上にあり。


「撤収!聞こえないか無能ども!撤収だ!」


 認めるは不快なれどの魔術師、引き際を心得たる様子。配下の人族ヒューメルどもも雷におびえる羊のごとく逃げ惑い、もはやこの目にも映らぬ。


 まあ良い。かのような塵芥ちりあくた、吸い尽くしたところで得るものは無し。漆黒の翼を傾けること幾度いくたびか、正門には未だ多数の人族ヒューメルどもがたかっておる。魔貴族の力、芋虫どもに思い知らせてくれよう。




這虫はいむしども、わらわの城に何用か!」


 言うが早いか闇の翼ドルアーラをひと振り。烈風にあおられた者どもが吹き飛び、地に這い、わらわを仰ぎ見る。見上げよ、おそれよ、ひざまずけ、這虫はいむしどもにはそれが相応ふさわしい。


「た、退却!退却!森の中に入れ!」


 いいやゆるさぬ。弱くもろく愚かな虫どもが我が城をけがしもべどもを傷つけたる罪、その血で……


あがにゃわせ……ふう……」


 だめです、急に力が抜けていきます。闇の翼ドルアーラの形を維持できなくなった短剣を握り締めたまま、私は前庭の花畑に落っこちてしまいました。土が柔らかくて助かりましたが、みんなで綺麗にした孔雀草マリーゴールドをめちゃくちゃにしてしまって申し訳ないです。


「ロナちゃん、大丈夫?」


「おい、大人しくしてろって言ったろ」


「ひゃい……」


 アイナさんとシャルナートさんです、お二人ともたいした怪我はなさそうで安心しました。

 裏門からは骸骨騎士スクレットのマエッセンと、気を失ったフリエちゃんを背中に乗せたポンタがゆっくりと歩いてきます。どうやら皆さん無事のようです。


 それにしても、フリエちゃんの血はアイナさんよりも闇の力ドルナが濃いように感じました。我儘わがままそうに見えて実はとても優しくて面倒見の良い子なのですが、何か隠していることがあるのでしょうか……。




「あれ?エミーロ君は?」


 アイナさんの声にはっと振り返りました。私と一緒に裏門に向かったはずですが、あの後どうなったのでしょうか。

 ひとまず彼は無事でした。ポンタの後ろでうつむいたまま剣を握り締めています。ですが元気がないようです、どこか怪我をしてしまったのでしょうか。


「エミーロ君?だいじょうぶですか?あの……」


 その声が届かなかったはずはないのですが、マエッセンは静かに首を振って私をさえぎりました。


『彼のために必要な経験です。そっとしておいてあげましょう』


 帰り際に私はもう一度振り返ったものですが、エミーロ君はまだ剣を手に立ち尽くしたままでした。




 ともかく、こうしてひとまず闇の城ドルアロワの危機は去ったのです。

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