闇の城防衛戦(三)

 黒いとんがり帽子に黒外套ローブほうきまたがった二人の魔術師は、闇の城ドルアロワの上空で光の火花を散らし続けます。

 水色の空を舞い、木々の間をくぐっては再び舞い上がり、互いの背後に回ろうと小さく旋回。さながらドラゴン鷲獅子グリフォンが互いの尻尾に喰らいつこうとしているかのようです。


「天にあまねく光の精霊、我が意に従いの者を撃ち抜け!【光の矢ライトアロー】!」


 ですが。フリエちゃんが放った【光の矢ライトアロー】の魔法は相手の影をかすめて飛び去り、虚しく宙に吸い込まれていきました。


「威力、精度、詠唱速度、何もかもが未熟だな。一体何を学んできたのやら」


「うるさい!いつまでも先生づらするんじゃないわよ!」


 あのザイドフリードさんというおじさんは確か、ガラ・ルーファの収穫祭で出会ったロセリィちゃんと一緒にいた魔術師さんです。会話から察するにフリエちゃんの先生なのでしょうか。だからなのか、ほうきを操る技術も、魔法の撃ち合いもフリエちゃんより一枚上手のようです。


無駄弾むだだまが多い、旋回が大きい、空戦の基礎がなっていない。魔力の無駄遣いだな」


「うるさい、うるさい!陰険!幽霊!少女嗜好ロリコンの犬!アンタなんかに邪魔はさせないわ、みんなはアタシが守るんだから!」




 ですが。経験の差は如何いかんともしがたいようで、フリエちゃんの魔法は虚しく木々の葉を散らすだけ。その額に玉の汗が浮いています、魔法を使いすぎたのでしょうか。


「きゃあっ!」


「ふん、他愛もない」


 その隙を突いたザイドフリードさんの【風の刃ウィンドスラッシュ】の魔法がフリエちゃんのほうきの穂を捉えて半分ほど切り落とし、フリエちゃんは空中で大きく姿勢を崩してしまいました。それでも左手で必死にほうきつかまり、右手の長杖ロッドを振りかざします。


「絶対、絶対諦めないんだから!貪欲なる火の精霊、我が魔素を喰らいその欲望を解き放て!【火球ファイアーボール】!」


 フリエちゃんは最後の魔力を使って勝負を賭けたのでしょう。しかしそれも軽やかに急旋回したザイドフリードさんを捉えることはできず、【火球ファイアーボール】は何もない宙で爆発四散してしまいました。




 とうとう力尽きたのか、ほうきを手放してしまったフリエちゃん。その小さな体がお城よりも高いところから落ちてきます。


「【覚醒リベレーゼ闇の翼ドルアーラ】!」


 それを見た私は家宝の短剣をひと振り、闇の翼ドルアーラをはためかせて宙に舞い上がります。受け止めたフリエちゃんの体は驚くほど小さくて華奢きゃしゃでした、もしかすると大部屋の子供達とそう変わらないかもしれません。


「……なんでよ。なんで?アタシは天才なんだから。アタシが守るんだから。今度こそ、今度こそ……」


 魔力を使い果たして意識が朦朧もうろうとしているようですが、フリエちゃんは何を言っているのでしょうか。この小さな魔術師さんが守ろうとしているものは何なのでしょうか。


「皆を守ってくれて、ありがとうございます。今度は私が守りますからね……いただきましゅ」


 気を失ってしまったフリエちゃんの首筋に牙を当て、優しく力を入れました。

 美味しくはありません、血を吸うことは好きではありません。ですが今は、どうしても皆を守る力が欲しいのです。




「……フリエとやら、かような羽虫ごときに敗れるとは未熟なり」


 だが。この者未熟なれど、非凡なる輝きをその身に宿しておる。いずれはわらわの忠実なるしもべとなろう。一のしもべたる骸骨騎士スクレットに幼き魔女を預け、厳に命じる。


「この者、死なせるには惜しい。一時ひとときお主に預ける」


『御意に』




 闇の翼ドルアーラをひと振り、風を巻いて宙に舞う。心地良き晩春の風が頬を撫でる。しかし眼下にて我が城をけがすは地を這う芋虫ども、そして眼前の羽虫。


「羽虫よ。魔血伯ロナリーテに血を吸い尽くされる覚悟、できておろうな?」

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