闇の城防衛戦(一)

 果たして、闇の城ドルアロワの周りはすっかり兵士さん達に囲まれてしまいました。

 蝙蝠こうもりのピッピによると人数は六十名ほど、魔術師のフリエちゃんによると「雑魚ばっかり百人はいるわ!アタシの敵じゃないわね!」という事だそうです。


 正門の方向から声が聞こえます。兵士さんの大声にアイナさんがそれを上回る大声で応えたようですが、よく聞き取れません。

 私は一人、『玉座の間』の大きすぎる玉座で所在なく足をぶらぶらさせていたのですが、どうにも落ち着かないので様子を見に行くことにしました。シャルナートさんは「総大将はここで座ってろ」と言っていましたが、ちょっと様子を見るくらい良いと思います。




 長い年月に傷んだかしの扉、涸れたおほりびついて上がらなくなった跳ね橋。その上で仁王立ちするのはアイナさん、その後ろで何故か楽しそうににやにや笑うのはシャルナートさん。

 対する兵士さんは三十名以上はいるでしょうか。その中の隊長さんらしき立派な兵装の人が大声を張り上げました。


「吸血鬼にくみする者どもよ!すみやかに子供達を解放し投降せよ、今ならば寛大な措置を保証しよう!」


「へっ、俺らが吸血鬼の手先なら、お前らは少女嗜好ロリコンの手先だな」


「無礼者!我々はオピテル侯国ルイエル領主に属する者である!我らに対する暴言は領主閣下に対する暴言と心得よ!」


「だから、その領主閣下が少女嗜好ロリコンだっつってんだよ。ガキ一匹捕まえるためにこんな所まで来やがって、ご苦労なこったな」


 どうやら論戦ではこちらに分があるようです。というよりもシャルナートさんに口喧嘩で勝てる人などいるのでしょうか。


「ぐぬぬぬぬ……ええい、やってしまえ!」


「やっちゃう?じゃああたしの出番だね!」


 私がすっぽり隠れてしまいそうな大盾を一振り。跳ね橋の上に立つ完全武装のアイナさんが、突撃してくる兵士さんを三人まとめて叩き落としました。彼らが落ちたおほりはすっかり干上がっているので溺れることはありませんが、武装した人族ヒューメルさんがこの高さから落ちては無傷では済まないでしょう。




 次々とおほりに転落していく兵士さんでしたが、どうやら次の人は様子が違うようです。分厚く幅の広い大剣を肩に担ぎ、金属鎧の上に擦り切れた外套マントを羽織った大きな男の人が進み出てきました。


「よう、『猛牛』。吸血鬼の手先になったんだってな」


「『狂犬』、あんたこそ領主の犬になっちゃったの?」


 それを聞いて思い出しました。ガラ・ルーファの闘技会で、アイナさんと同じく本選出場を果たした『狂犬』という渾名あだなの剣士さんです。確か賭けの倍率もアイナさんと同じくらいだったと思います。


「ああ。金さえくれりゃ尻尾でも何でも振ってやるよ」


「じゃあ『忠犬』に改名しなよ!」


 きしむ跳ね橋の上、アイナさんと『狂犬』と呼ばれた剣士さんの一騎打ちが始まりました。火花が散り、耳を刺すような甲高い音が響き渡りますが、どうやら今日のアイナさんは大盾を持って守備的に戦っているようで、にわかには決着がつきそうにありません。




 そんな中、私を見つけた兵士さんから「いたぞ、吸血鬼だ!」という声が上がりました。


「あわわわわ、見つかってしまいました!」


 舌打ちしたシャルナートさんが私の襟首を掴み上げ、子猫のように玄関広間ホールに放り投げます。


「ったく、おとなしく座ってろって言ったろ」


「で、でも、アイナさんが……」


「あれで良いんだよ。あいつは阿呆あほうだが戦上手いくさじょうずだ。『狂犬』ごときに負けることもなけりゃ、自分の役目を見失うこともねえ。お前が余計な事でもしなけりゃな」


「わかりました……」


 お役に立てないのが悲しいですが、どうやらお邪魔になってしまいそうです。役立たずの私はとぼとぼと薄暗い廊下を引き返すのでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る