囚われの吸血鬼(三)

「ううん……」


 お腹を這い上がる変な感触に目を覚ましたのは、薄暗いお部屋でした。




 まだ昼間だと思うのですが、手が届かないほど高い場所にある小さな窓にはカーテンが閉められていて、私が寝かされている寝台の他には最低限の家具しか置かれていません。それよりも領主様の顔がすぐ近くにあること、お腹が涼しいことにびっくりしてしまいました。


「な、な、何をしているのですか!?」


「おや、目覚めてしまったか。さすがは吸血鬼、耐性があるのかな」


 お出かけ用の黒いワンピースがお腹までめくり上げられて、ねこさんがらのパンツがあらわになっています。逃げようと体をひねったのですが、いつの間にか手首と足首が紐で寝台にくくりつけられていました。




 こ、これは……物知りのリーゼロッテが言っていました。このように小さな女の子を触ったりする人は少女嗜好ロリコンと呼ばれ、多くの人から忌み嫌われているのだと。


「ひいいいい! 助けてください、この人少女嗜好ロリコンです!」


「おや、難しい言葉を知っているね。どこで覚えたのかな?」


 領主様の手がお腹をまさぐります、とっても気持ち悪いです。どうしてこんな事になってしまったのでしょうか!? どうすれば良いのでしょうか!?


「ぴええええ! 誰か助けてください! アイナさん、お姉ちゃん!」


 領主様の顔がさらに近づいた時、視界の端に人影が映りました。兜を目深まぶかにかぶった巡回兵おまわりさんです!


巡回兵おまわりさんこっちです! この人少女嗜好ロリコンです!」


「そうか。エルトリア王国法第七条『未成年者の条件と権利および保護』により、少女嗜好ロリコンは死刑だ」


 言うが早いか、巡回兵おまわりさんは領主様を蹴り飛ばしました。丸々とした体が壁際まで転がっていきます。


「よう、少女嗜好ロリコン領主。悪巧みはうまくいったか?」


「さいってー!デブで少女嗜好ロリコンなんて生きてる価値ないわね!」


「シャルナートさん!フリエちゃん!」




 現れたのは巡回兵おまわりさんの格好をしたシャルナートさんとフリエちゃんでした。扉の向こうで兵士さんが眠っているところを見ると、フリエちゃんの魔法で助けに来てくれたのでしょう。


「何者だ! 何故ここにいる! 誰ぞある、不審者だ!」


「うるさいわよ少女嗜好ロリコン! 安らかなる生命の精霊よ、彼の者を深き眠りにいざなえ! 【睡眠スリープ】!」



 くたりとその場で寝込んでしまった領主様はそのままに、ポンタを拾い上げて急いで部屋を抜け出します。ですがここは領主様の館、すぐに異変を察した兵士さん達が押し寄せてきました。五人、十人、もっといます。


「ちっ、多すぎんだろ!」


「任せてください!【起動アプリーレ人形兵ペルチェ】!」


 熊のぬいぐるみを床に投げて合言葉キーワードを唱えると、瞬く間にポンタが真の姿を現しました。巨大な茶色熊が兵士さん達を突き倒し跳ね飛ばし、玄関の扉さえも爆砕して外に出ます。ですがそこにも槍を構えた兵士さんの姿が。


「ここにもいるわ!どうしよう、もう魔力が……」


「シャルナートさん、フリエちゃん、私につかまってください!」


 お二人はここまで私を助けに来てくれたのですから、今度は私が助ける番です。ポンタをぬいぐるみに戻して抱きかかえ、腰から黒い短剣を抜き放ちます。


「【覚醒リベレーゼ闇の翼ドルアーラ】!」


 合言葉キーワードに応えて短剣が黒い翼に姿を変え、強く羽ばたきました。それを握る私にしがみつくシャルナートさんとフリエちゃん。私達は風を巻いて一息に舞い上がり、村と森を見下ろす水色の空へ。たぶんシャルナートさんと一緒に私を見張っていてくれたであろう蝙蝠こうもりのピッピも懸命について来ます。




「ごめんなさいシャルナートさん、やっぱり私が子供でした。脳みそお花畑でした……」


「わかりゃいいんだよ。また変な言葉覚えやがって」

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