囚われの吸血鬼(二)

 立派な応接室です。お尻が沈み込んでしまいそうなふかふかの客椅子、細やかな装飾が施された硝子ガラスのテーブル。四人の兵士さんに見張られているのがちょっと怖いですが、話しかけるのもちょっと変かなあと思ってしまい、おとなしく待つこと数分。ようやく領主様が現れました。


 この中年太りの領主様には一度お会いしたことがあります。腐魔メルビオールを討伐した後に立ち寄り、ご病気の息子さんを治療したのです。その際シャルナートさんが十万ペルという大金を要求してしまったので、私の印象は悪いに違いありません……


「やあ、ロナリーテちゃんだね?呼び立ててしまってすまないね、よく来てくれた」


「ひゃ、ひゃい。どうも……」


 ご挨拶に続いて、使用人の方々が続々とやって来ました。手に手に大きなお皿を持ち、ワッフル、クリームタルト、ベニエ、マドレーヌ、テーブルからあふれるほどのお菓子を並べていきます。目の前で湯気を立てるお紅茶の色も香りも素敵で、なんだか急にお腹がすいてきてしまいました。


「さあ、好きなだけお食べ。紅茶も王都から取り寄せた品だ、是非味わってくれたまえ」


 ……おかしいです。前にお会いした時の領主様はもっと偉そうな印象だったのですが、本当は良い人だったのでしょうか。

 それに、胸の奥で眠っている闇がもぞりと少し動いたような気もします。ちょっとだけ悪い予感もしますが、予感だけで人を疑うのは良くないことだと思います。




「村から連れて行った子供達は元気かね?」


「ひゃ、ひゃい。エミーロ君も、ブーケちゃんも、サリアちゃんも、みんな元気です」


「それは良かった。私も心配していたのだよ」


「すみません、勝手に連れて行ってしまって。みんな困っていたようなので、その、助けてあげられたら良いなって」


「こちらこそすまないね、みんな喜んでいたかい?」


「はい!ですからその、あのお城で、みんな一緒に住んでも良いですか?」


「もちろんだとも。きみは優しいんだね」


「えへへ……」




 良かったです。シャルナートさんはああ言っていましたが、お話ししてみるとやっぱり領主様も良い人でした。お城のみんなに伝えたら喜んでくれることでしょう。


「ところでロナリーテちゃん、苗字みょうじは何というのかな?」


「え?レントです。ロナリーテ・レント」


「やはりそうか。魔血伯ロサーリオの娘さんだね?」


「そうです。あの、お父さんをご存じなのですか?」


「知っているという程でもないがね。人族ヒューメルとの戦争で亡くなったと聞いているよ」


「はい。そうらしいです……」


「お気の毒にね。さあ、冷めないうちに紅茶をどうぞ」


「あ、はい。いただきます……」




 ……その後も少しお話をしたと思うのですが、よく思い出せません。急にものすごく眠くなってしまって、目の前が暗くなったり明るくなったりを繰り返して……窓の外に蝙蝠こうもりのピッピを見たような気もしますが、あとはどうなってしまったのか、よくわかりません。

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