闇の城の日常(七)ロナリーテ

 もしかすると、この闇の城ドルアロワで一番暇なのは私かもしれません。


 アイナさんやエミーロ君のように剣術のお稽古をするでもなく、シャルナートさんのようにふらりと出かけるわけでもなく、フリエちゃんのように魔法でみんなのお役に立つわけでもなく、リゼのように特段の趣味があるわけでもなく、畑や花壇の整備もルイエル村から来た子供達にお任せしてしまいました。


 おまけにここしばらくは私を退治に来る人も現れず、すっかり暇を持て余してしまったのです。特にこの日は……


「アイナさん、あの……」


「あ、ごめんロナちゃん、後でね!」



「フリエちゃん、よかったら私と……」


「あー忙しい忙しい、忙しいったらありゃしないわ!マエッセン、アンタもちょっと手伝いなさいよ」



「リゼ、リゼはいませんか?あれえ、この辺にいたと思ったのに……」




 何故だか今日は誰に話しかけても避けられ、ぽつりと一人取り残された私は自室で無為に時を過ごすことになってしまいました。

 ずいぶんと陽が長くなってきた春の夕暮れ。外からは子供達がれ合う声が聞こえてきます、階下からは夕食の支度をする音と匂いが漂ってきます。こんなにたくさんの人がお城にやって来たというのに、なんだか一人の時よりも寂しい気がします。


 いくつかのぬいぐるみと季節の小物の他には飾り物など無い、殺風景なお部屋。私はつい机の上に置かれた小さな肖像画の複製に向かって話しかけてしまいました。

 絵の中では若い男女が小さな女の子を胸に抱いて微笑んでいます。残念ながら私にこの時の記憶はありませんが、絵の中の表情だけでも両親が私を愛してくれていたことがわかります。


 お母さんは『おしかけにょうぼう』?なのだそうです。魔術師だったお母さんは何度も魔血伯ロサーリオに挑んだものの相手にされず、五回目の対決に敗れると勝手にお城に住みついて亡霊レイエス影族シャルテンと仲良くなってしまい、いつの間にか私が生まれていたそうです。『おしかけにょうぼう』とはきっと、強引な女性のことを言うのでしょう。


「……大丈夫。お父さん、お母さん、ロナは大丈夫です。お友達の皆は元気で明るくて親切で、仲良くしてくれています。寂しくありません、寂しくなんてありません……」




 私はいつしか机に伏したまま眠っていたのでしょう。薄暗い部屋の中を蝙蝠こうもりのピッピが飛び回って起こしてくれたようです。


「ピッピ、おはようございます。え、ついて来い?一体どうしたのですか?」


 慌ただしく飛んでいくピッピを追いかけて小走りで薄暗い廊下を駆け抜けます。なんだか嫌な予感がします、何か良くない事が起きたのでしょうか。


「ちょっと、速いですよ!あれ?ピッピ?どこですかピッピ!」


 息を切らせて追いかけましたが、食堂の前あたりでピッピを見失ってしまいました。

 夕闇の中、両開きの扉の隙間から明かりが漏れています。不自然にそこだけ明るい上に複数の人の気配、それもどうやら息を潜めているような奇妙な静けさが漂っています。

 ごくりと唾を飲み込み、食堂の扉を恐る恐る開けてみると……強い光に目がくらみました。気配から察するにたくさんの人が集まっているようです、一体何が……




「ロナちゃん、お誕生日おめでとう!」


「ふえっ!?」


 アイナさん、シャルナートさん、フリエちゃん、エミーロ君、マエッセン、リゼ、ベン爺さんのところにいた子供達。まぶしいほどのランプと魔法の光の下には羊肉のシチュー、鶏の姿揚げ、いろいろな形のパン、山盛りの果物にアップルパイ。


 ……思い出しました。お母さんが亡くなる少し前、書物で『お誕生会』というものを知った私を楽しませようと、お母さんとリゼが頑張ってたくさんお料理を作ってくれたことを。それを直前まで内緒にしていたことを。


「亡霊ちゃんに聞いたんだ、今日がロナちゃんの誕生日だって」


「……」


「前にお母さんと誕生会したらすごく喜んでくれたって聞いてさ、みんなで準備したんだよ」


「ぴっ……」


 ごめんなさい。みんな私を嫌いになったとか、たくさん人がいるのに一人の時より寂しいとか思ってごめんなさい。勝手に落ち込んでごめんなさい。みんな優しくて素敵なお友達なのに、仲間外れにされたとか疑ったりしてごめんなさい。


「ぴっ……ぴえええええ!!!」


「おい誰だ、ロナが喜ぶとか言った奴!ガチ泣きしてんじゃねえか!」


「ええ何で!?あたし?あたしが悪いの!?」


「ああもう、子供なんだから!みんなアレよ、歌よ!」


「ローナーちゃん、おたんじょうび、おめでーとうー♪」


「ぴええええええ!ありがとございますぅ!!」




 お父さん、お母さん、ロナは元気です。人族ヒューメルのお友達はみんな親切で、とても仲良くしてくれています。少しも寂しくなんてありません。

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