闇の城の日常(二)マエッセン

 マエッセンは骸骨騎士スクレットです。


 体は骸骨そのものなのですが、折り目のついた黒い軍服に軍帽をぴしりと着こなし、磨き上げられた佩剣はいけんを腰に差し、所作のすべてはあくまで優雅です。

 エミーロ君などに剣術の指導をすることもありますが、その時でさえ軍服が汚れることはなく、それどころか家事や雑事までこなして颯爽さっそうと去り、何をするにも隙がありません。


 生前は魔人族ウェネフィクスという身体能力に優れる魔族で、外見は人族と同じで血液だけが青いのだそうです。

 マエッセンは『月明かりのの騎士』などと呼ばれるほどの剣の達人だったのですが、百年ほど前に天寿をまっとうして亡くなりました。死後もレント家に忠誠を捧げると誓ったことで骸骨騎士スクレットとなり、その力を必要とされる時まで地下室の棺の中で眠っていたのです。




 この日は早朝からエミーロ君に剣術の稽古をつけていたのですが、若く体格の良いエミーロ君を文字通り子供扱いしています。木の棒一本で相手の木剣を絡め取っては巻き落とし、身をかわしてはすねを打ち、鮮やかに受け流しては胴を払い、何をしても簡単にあしらわれるエミーロ君はすっかり涙目です。


 ですが。決着がつくたびに相手に敬意を表して垂直に棒を掲げる姿勢を真似したエミーロ君を見て、マエッセンは微笑みました。骸骨であるマエッセンに表情があるはずもないのですが、私にはわかります。


『そうです。姿勢が正しければ格好良い、礼儀正しくあれば格好良い、強い方が格好良い、人を助ければ格好良いのです。常に格好良い自分であれ』


 木陰からこっそりと見ていた私は、なるほどと納得しました。マエッセンがいつも完璧なのは、常に格好良くあるべしと自分を律しているからなのでしょう。




 そんなマエッセンですが、私生活は謎に包まれています。エミーロ君もそれが気になるらしく、この日は朝食の後に私を誘って一緒に尾行しようと言い出しました。


「今日こそあの骸骨の格好悪いところを見つけてやる。部屋では寝転がってお菓子でも食べてるんだぜ、きっと」


「マエッセンはお菓子なんて食べませんよ?」


「じゃあ裸でくつろいでるんだよ、きっと」


「マエッセンは骨だけですけど……あっ、角を曲がりましたよ。あの先は行き止まりで、角部屋があるだけです」


「よし、とうとう追い詰めたぞ……あれえ?」


 しかし廊下にも、角部屋を探し回ってもマエッセンの姿はありませんでした。忽然こつぜんと姿を消してしまったのです。

 そんなことが数回あり、やはり尾行など良くないと思い直した私は、物知りのリーゼロッテにマエッセンのことを尋ねることにしました。彼女ならば生前のマエッセンのことを知っているはずですから。


 すると彼女から、マエッセンは茉莉花ジャスミンの香りがするお茶が好きだったという情報が得られました。そこで私達は尾行をあきらめ、彼をお茶会に誘うことにしたのです。




 エミーロ君とフリエちゃんを誘って、色とりどりの花が咲き誇る前庭にテーブルと椅子を並べます。白い陶器のティーセットに焼きたてのアップルパイ、準備は完璧です。


『本日はこのような茶会にお招き頂き、ありがとうございます』


 軍帽を脱いでテーブルに乗せ、姿勢正しく完璧な礼をするマエッセン。


「マエッセン、お茶は飲めないと思いますが香りはいかがですか?」


『正直に申し上げますと、香りもわかりません。ですが鮮やかな花々に囲まれ、陶器に満たされた茶をながめることができ、豊かな心持ちでございます』


 しばしの世間話のあと、珍しくマエッセンは自分のことを語ってくれました。言葉は聞こえないのですが、なぜだか私達にはわかります。




『以前はこの城にも多くの使用人や兵士が住んでいて、妻もその一人でした。妻は花が好きで、前庭の花畑は彼女が作ったものです。未だにそれを大切にされているロナリーテ様、母上のエリシア様には感謝の言葉もございません』


 そうなのですね。私もお母さんもお花が好きで前庭のお花畑も自然にお世話をしていたのですが、マエッセンの奥様が作ったものだとは知りませんでした。


『妻は特に茉莉花ジャスミンが好きで、時折茉莉花ジャスミンの花でお茶をれてくれたものです。ですから香りはわからなくとも、妻を思い出すことができます』


「ふうん、いいお話じゃない。素敵な奥様だったのね」


『はい。いつか私が虹の橋を渡り共に安らかに眠る日を、彼女は待ってくれていることでございましょう』


 フリエちゃんの素直な感想にマエッセンが惚気のろけで答えたその横で、エミーロ君がなぜか鼻水を垂れ流して泣いています。


「ちょっとアンタ!汚いわね、鼻水出てるじゃない!」


「だってよぉ……死んでからも忠誠を尽くすとかよ、ずっと待っててくれる人がいるとかよぉ……」


「ああもう、袖で拭くんじゃないわよ!ハンカチ貸してあげるからこっち来なさい!」


 ハンカチを貸したら貸したで騒がしく言い争うエミーロ君とフリエちゃん、追いかけっこをしながら前庭を駆けていく子供達。午後の闇の城ドルアロワはとても賑やかです。


「ごめんなさいマエッセン、静かに眠っていたところを起こしてしまって」


『構いません。それにこの賑やかさ、在りし日の闇の城ドルアロワのようです。ロナリーテ様、どうかご自分のご決断に自信を持たれますよう。このマエッセン、先代様と変わらぬ忠誠を誓うものでございます』




 このような事があった数日後。茉莉花ジャスミンの花と葉を乾燥させたものを袋に詰め、マエッセンが毎晩眠る棺にこっそりと入れておきました。忠実なる騎士が愛する人の香りに包まれて、今日も安らかに眠れますように。


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