闇の城の日常(一)リーゼロッテ

 リーゼロッテ、リゼは若い女性の亡霊レイエスです。


 白金色に波打つ髪が黒い侍女服にえるお人形さんのような容姿をしていて、半透明に光る体でふわふわと浮かんでは消え、現れては浮かんでいます。人見知りで臆病ですが打ち解けた人には親切で、妙に早口で知識を披露したりもします。


 彼女が生きていたのは二百年以上も前。当時この城にはお父さんの他に、魔族と眷属けんぞくを合わせて百名ほどが住んでいたそうです。生前のリーゼロッテは影族シャルテンという人族ヒューメルに似た臆病でもろ眷属けんぞくで、うっかり階段で足を滑らせて頭を打ち死んでしまったそうです。




 なぜ彼女が亡霊レイエスになってしまったかというと、強い心残りがあったからです。


 リゼは書物が大好きで生前からこの城の書庫の本を読みあさっていたのですが、好きな作家さんの作品を読み終えないうちに突然亡くなってしまい、無念のあまり現世にとどまってしまったそうです。

 ところが亡霊レイエスになって続きを読み終え、それどころか全ての蔵書を読み尽くしても彼女は満足して消滅することはなく、今では自分で勝手に好きな作品の続きを書いたり挿絵さしえを描いたり、物語を一から創作することもあるのだそうです。


 そういった事情もあってか地理や歴史に非常に詳しく雑学も豊かで、この城の盛衰も見守ってきたため様々なことを知っています。私が望めばお父さんやお母さんのことを話してくれることもありますが、あまり自分から余計なことを話さないようにと決めているように思えます。




 ……ところで、そんな彼女には秘密があります。今日はそれを暴くべくフリエちゃんと図書室にやって来ました。ひんやりと冷たい図書室のさらに奥、目立たないように黒いカーテンで隠された扉の前に二人で立ちます。


「……ここです」


「……ここね?いくわよ」


 これは魔術師であったお母さんが作った、魔術師にしか開けられない扉。当主であるお父さんでさえ立ち入ることはできませんでしたが、リーゼロッテは扉をすり抜けて自由に出入りできるのです。

 ですが今、ここには魔術師であるフリエちゃんがいます。とうとう秘密が明かされる時が来たのです。


「我が生命の精霊、偽りの鍵となりてその封を解け。【開錠アンロック】!」


 静まり返った図書室に、かちゃりと鍵が開く音が響きました。フリエちゃんと顔を見合わせた私は恐る恐る把手とってに手を伸ばしたのですが……

 扉からいきなり青白い亡霊レイエスの上半身が現れ、世にも恐ろしい表情で手を交差させたのです!


「きゃあああああ!!!」


「ぴええええええ!!!」


 驚きのあまり、フリエちゃんと私は揃って後ろにひっくり返ってしまいました。すぐに亡霊レイエスはリーゼロッテだとわかったのですが、あまりにも恐ろしげな顔だったのです。


「リ、リゼ……びっくりしました」


「ちょっと、なんでおどかすのよ!」


 フリエちゃんも抗議したのですが、リゼは口と目をいっぱいに見開き、歯をき出して再び手を交差させました。リゼはもともとがお人形さんのように綺麗な女性なので、怒るととんでもなく恐ろしい顔になるのです。




 リゼは図書室の床に尻餅をついたままの私達を見下ろして、人差し指を立てました。私達の頭の中に直接語りかけます。


 ふんふん……「この中には闇の書物が詰め込まれている?」「闇が深すぎて私達には耐えられない?」「子供が読むと精神に異常をきたしてしまう?」


 などなど怖い顔のまま早口でまくし立てるので、私とフリエちゃんは再び顔を見合わせてしまいました。


「そんなこと言われたら余計に気になるじゃない!」


「やめておきましょう。リゼも嫌がっているみたいですし」


「つまんないわね、また来るわ!」




 まだフリエちゃんは興味津々の様子でしたが、名残惜しそうに振り返るとものすごく怖い顔でリゼに睨まれてしまいました。

 この扉の奥にはどれほど怖い書物が納められているというのでしょうか……。

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