死せる老人と生ける骸骨(一)

 しばらく留守にしていた、というのもおかしいのですが、数日ぶりにアイナさんが闇の城ドルアロワに帰ってきました。珍しく深刻な表情で……というのは失礼でしょうか。


「ロナちゃん、お願いがあるんだけど」


「はい!お任せください!」


 私は「お願い」の内容を聞く前にお返事をしてしまいました。年下ですが本当のお姉さんのように思っているアイナさんです、そのアイナさんが困っている様子なのですから、私にできることは何でもするつもりです。


 その「お願い」というのは、ルイエル村に住んでいるある人を治療してほしいというものでした。なんでも先日お薬と食べ物を届けた時に知り合ったお爺さんで、古い教会で身寄りのない子供達を育てているのだそうです。




「行ってらっしゃい!お土産みやげ忘れちゃダメよ!」


 蝙蝠こうもりのピッピを肩に乗せ、ぬいぐるみのポンタを背負い、お気に入りの落葉色の外套ローブを着て、お見送りのフリエちゃんに手を振ってお出かけです。


 シャルナートさんはいつの間にかふらりといなくなったので、城に残るのはフリエちゃんと骸骨騎士スクレットのマエッセン、亡霊レイエスのリーゼロッテです。最初は二人を怖がっていたフリエちゃんでしたが、最近は妙に仲が良いので大丈夫でしょう。




「ふふん、ふふふん、どーんぐりのー、お帽子さんはー♪」


「なあにロナちゃん、ずいぶんご機嫌じゃない?」


「はい。アイナさんとお出かけです」


 誰も見ていないので、歌を歌いながら手をつないで森の中を歩きます。アイナさんの手は大きくて肉が厚くてごつごつしていて、でも温かくて柔らかくて、不思議な手なのです。




 さて。そんなご機嫌な私でしたが、ルイエル村が近づくと少し怖くなってきてしまいました。そういえばこの村では、私は『枯葉の魔女』と呼ばれて恐れられているのでした。その後食べ物やお薬を配ったので少しはましかもしれませんが、もしかすると石を投げられてしまうかもしれません。


「あっ、『枯葉の魔女』だ!」


「こら!見るんじゃありません、家に入りなさい!」


 やっぱりです。アイナさんと私が通りかかると、道端で遊んでいた子供や立ち話をしていたおばさん達が家に入ってしまいました。村の皆さんを治療できなかった私が悪いのですが、ちょっとだけ、ちょっとだけ辛くて寂しく思います。

 アイナさんはそんな私の手を握り、大丈夫だよとなぐさめてくれました。力が強すぎてちょっと痛かったのですが。




「ここなんだけど。入るよー」


 アイナさんが無造作に入っていったのは、村のはずれにある古い建物です。

 玄関広間ホールの正面には麦の穂を抱いた女神様の絵が飾られていました。私はそれが何を意味するのかわからなかったのですが、アイナさんに聞いたところ大地の女神ニサだと言いました。ここは女神様をまつる教会だったのです。


「あ、アイナだ!」


「ねえ、腕相撲しようよ!五対一で!」


「いいよ、でも後でね。ベン爺さんはどこ?」


 たくさんの子供達に案内されて向かった奥の部屋には、骨と皮だけのお爺さんが粗末な寝台に横たわっていました。アイナさんが治療してほしいというのはこの人のようです。私はその胸に手を当て、しばらく闇の力ドルナを注ぎましたが……


「これは……」


 ちらりとアイナさんを見上げると、おそらくその意味が伝わったであろうアイナさんが唇を噛みました。

 このご老人は病気で弱っているのではなく、寿命が近づいているのです。吸血鬼だろうと魔術師だろうとお医者さんだろうと、寿命を迎えた人を治すことはできないのです。




 翌朝のことです、ベン爺さんというご老人は呆気あっけなく息を引き取りました。痩せこけてはいてもそのお顔は穏やかでした、ご自身の人生に誇りを持っていらしたのでしょう。たくさんの子供達に看取みとられる安らかな最期でした。


「これからどうしよう……」


 悲しみの時間が終わると、十人ほどの子供達が不安そうな顔を見合わせました。なんでもベン爺さんは神父さんでも神官さんでもなく、この古い教会を買い取って読み書きを教え、計算を教え、仕事をもらってきては皆で働き、身寄りのない子供達を一人で養っていたというのです。


「みんな心配すんな、俺にまかせとけ!」


 そう言って立ち上がったのは、エミーロ君という背の高い男の子でした。

 男の子、と言いましたが、顔立ち幼さが残っているもののかなりの身長です。もう一年もすればアイナさんを追い越してしまうのではないでしょうか。


「エミーロが?だいじょうぶ~?」


「なんだよ、文句あんのかよ?」


 なんだか心配なのでアイナさんと二人で様子を見ていたのですが、お葬式をするにも、ご遺体を墓地に埋葬するにもお金が必要だそうで、さっそく行き詰まってしまったようです。


「お金!お金はどこにしまってあったっけ?」


「もう無いよ。食べ物とお薬に使っちゃったよ」


「仕方ない、またみんなで稼ごうぜ」


「どうやって~?」


「そんなの……どこかにお願いして……」




 やはり子供達だけでは難しそうなので、アイナさんが助け船を出したのですが……


「いくら必要なの?」


「お葬式に五千ペル、墓地に二千ペルだってさ」


「高くない!?あたしもそんなに持ってないよ」


 お金が足りず、結局みんなで顔を見合わせてしまいました。




「あ、あの……」


 皆さんの視線が集まるのはちょっと怖かったのですが、困っている様子なので小さく手を上げました。


「あの、良かったら、私のおうちでお葬式しませんか?」


「いいの?ロナちゃん」


「はい。裏手に墓地もありますし」




 ちょっと遠いとは思ったのですが、エミーロ君を始め子供達も賛成してくれたので、皆でに私の家に向かうことになりました。

 ただ森の中にある闇の城ドルアロワまでの道は遠く、下草は深く、子供の足ではなかなかたどり着きません。しかも小さな子はアイナさんとエミーロ君が肩車をして、木の棺に入ったお爺さんのご遺体を交代で運びながらです。みんなよく我慢していますが、今にも泣きだしそうな子もいます。

 そんな子供たちの様子を見て、アイナさんが突然大声で歌いだしました。


「どーんぐりのー、お帽子さんはー♪」


「ええ!?突然どうしたんですか、アイナさん」


「続き教えてよ、ロナちゃん。来るとき歌ってたでしょ?」


「は、はい。では……みどりですかー?ちゃいろですかー?それともー秋の色ですかー♪」


「なにそれ、へんな歌!」


「おかしいねー。みんな、ロナちゃんに教えてもらおうか!」




 深い森の中を子供達の歌声が流れていきます。さっきまで泣きそうだった子も、私の手を握って一生懸命に歌いながら歩いていきます。

 私は改めて思いました。やっぱりアイナさんは強いだけでなく、優しくて素敵なお姉さんなのです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る