魔龍イブリリス
人里離れた深い森、その奥に
私達は昨日ガラ・ルーファから帰ったのですが、そういえばアイナさんもシャルナートさんもフリエちゃんも、なぜか私と一緒に帰って来ました。
二階にある私の部屋から外を見下ろすと、ちょうどアイナさんが井戸水を汲み上げて水浴びをしていました。今まで早朝訓練をしていたのでしょうか、褐色の体に汗が浮いています。
お祭りの
「何者!?」
「へえ、
アイナさんと女性の声、それも聞き覚えのある声です。さらに二度、三度と撃剣の音が上がり、次第に激しくなってきました。窓に駆け戻ると、やはり見覚えのある魔族の子がアイナさんと剣戟を繰り広げています。
これはいけません、私は外に向けて大きな声を出しました。
「イブ、やめてください! その人はお友達です!」
「はあ!?
「アイナさんごめんなさい。この子とは、イブとは知り合いなんです」
「がーん! しょっくー! コイツお友達で、あーし知り合い? しょっくなんですけどー!」
緩やかに波打つ金色の髪、そこから突き出た二本の角。浅黒い肌のところどころに黒っぽい鱗が浮き、背中には
私のお父さん、魔血伯ロサーリオは魔龍公アウラケスとともに魔貴族の一員だったので、イブも何度かこの城に来たことがあるのです。なかなか子供ができない魔族にとって年齢の近いお友達は貴重で、二十歳ほど年上のこの子も私にとっては幼馴染と言って良いかもしれません。
「なんかずいぶん明るい部屋じゃん? 吸血鬼の城って感じじゃないわー。引くわー」
「お久しぶりです、イブ。今日はどのような用事でいらしたのですか?」
「用事がないと来ちゃいけないワケ?」
「遊びに来てくれるのは嬉しいですが、いきなりお友達に斬りかかってはいけません」
私の隣の椅子にはシャルナートさん、アイナさんはというと後ろで腕を組んで仁王立ち。どうやら警戒する相手に対してはこのように対応することに決まっているようですが、イブは圧力を感じた様子も無く、足を組んだままアイナさんを見上げました。
「
「倒したのはあたしだけど、そんなもん食べないよ」
「えー?つまんなーい。心臓喰って魔貴族になれば良かったのに」
イブは手足をばたばたと動かしました。このあたりは私よりも子供だと思います。
ところで、
「おい、魔貴族の心臓を喰ったらその力を得られるってのは本当なのか?」
「知らなーい。試しにあーしとやってみる? 負けた方が心臓喰われるってことで」
「いらん」
「つまんなーい。ロナちん、こいつらつまんなーい」
またしてもイブはつまらなさそうに手足をばたばたと動かしました。どうやら彼女の用件は、私達が
「
ふーんと気の無い返事をしたイブですが、頭の後ろで手を組んで背もたれに体を預けました。古い客椅子がぎしりと音を立てます。
「てかさ、パパさん殺したの
「えっ……リアンさん?」
「知らなかった系? てか黙ってた系? サイテー。やっぱ
「……お母さんが
「へー。ま、好きにしたら? あーし、もう行くわ。
イブは
「じゃーね。また遊ぼうね、ロナちん」
朝の陽に翼をはためかせ、その姿はあっという間に小さくなってしまいました。
「お二人は……お父さんとリアンさんのこと、ご存じでしたか?」
「ああ」
アイナさんは知らないようでしたが、シャルナートさんはご存じでした。
三十年近く前、エルトリア王国に属するオピテル侯国と魔貴族の間で激しい戦いがあったそうです。当時の魔血伯ロサーリオ、私のお父さんは
その証拠にオピテル侯は人族の寿命をはるかに超えた百十七歳。侯爵は魔血伯の心臓を食らい、その力と寿命を得たのではないかと言われているそうです。
「……ちょっと頭を冷やしてきます」
お父さんが
私は自分の部屋に戻り、お父さんとお母さん、それから小さな私が描かれた肖像画に話しかけました。
「だいじょうぶです。私、
お母さんがこれらの事情をあまり教えてくれなかったのは、たぶん私が
でも……お父さんを手に掛けたというリアンさん、心臓を食べたというオピテル侯爵さん、お二人にもし出会うことがあったら、私はどんな気持ちになるのでしょうか。そう考えると……ちょっとだけ怖いです。
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